『風弓』 パミ=リステッド
『今回はサービスにゃ』
夢か幻か、曖昧な意識の中、聞き覚えのある声がした気がした。
***
翌朝、骨折していて寝るのも起きるのもシンドかったはずの俺の身体は、嘘のように一晩でほぼ完治していた。RPGに出てくる主人公は重傷を負っても宿屋で一休みすれば完治したりするが、異世界もそんな感じかと思ってマーニャさんに朝の挨拶がてら、「マーニャさんの薬草粥が効きました」とお礼を言ったら、「そんなわけねーだろ」という答えが返ってきた。
(えぇ、どゆこと?)と思いながらも、冒険者の間ではたまにそうゆう現象が起こるときがあるらしい。例えば魔王軍と戦い瀕死の重傷を負って、今夜が山場という冒険者が次の日には傷がほぼ治りかけていたとか。巷でそれは<妖精の気まぐれ>と言われているらしい。
そういえば今朝は鼻水が止まらなかったり、少し目が痒かった。
そのことから俺はその妖精の正体がわかった、あの猫はツンデレの中でもデレ寄りだなと。
俺は朝から図書館へ向かう。
体調は万全ではないのだから、これを機にもっと知らなくちゃいけないことがあると思ったからだ。毒の種類、属性のこと、モンスターのこと、これから向かう西の地への情報。それから一週間ほど、図書館に通い続けたある日。
「熱心だねぇ」
「うわ!」
その日の夕方、緑色のゆったりとした服を着たショートヘアの女性が俺に話しかけてきた。図書館なのにビックリして大声を出した俺に、その女性はしぃと人差し指を出す、恥ずかしかった。
「その本、次アタシが読みたい本なんだ」
それが俺とパミ=リステッドとの出会いだった。
***
夕暮れ、閉館時間ギリギリまで俺が読んでいた本ともう一冊の本をリステッドは借り、二人で外を歩く。
「図書館にある本はねぇ、貸出もしてるんだけど、ギルドで冒険者の登録をして、そこそこ実績をあげないと貸してもらえないんだなぁ」
「そうなんですよね」
知ってはいた、ただギルドで冒険者登録をするところまではよくても、そこそこの実績をあげるというのが難しいと思ったから、ギルドで冒険者登録はまだしていない。ちなみにリステッドが借りた本は「世界の毒」と「毒と薬の違いについて」だ、この人も毒属性なのだろうか、という思っていると。
「ああ、アタシは毒属性じゃないよ?」
思考を読まれた。
年は俺と同じくらいか、少し上くらいか、主導権を握られている。
少しきょどる俺に畳みかけるように。
「ちなみに君とアタシは泊ってる宿が同じー」
「ええ!」
衝撃の事実。
だから図書館からの帰り道同じなのか?
フィーリングで何となく一緒に歩いてるんじゃなかったの?
「はあ、同じ屋根の下で何度も、何度も寝た仲なのに」
「いや『何度も、何度も』のところの声に力を入れて、妙にリアリティ出すのやめてくれませんか、ようは宿が同じだけで何も何もないでしょ」
やられっぱなしの俺ではない。
「あはは!」
俺のパーソナルスペースをガンガン侵食していく、これが肉食系女子か。
……次男であればとっくにやられていた、けど俺は長男だからまだいける。
そんな俺をあざ笑うかのように彼女はコソっと耳元で囁く。
「今夜アタシの部屋に来なよ、マーニャさんのご飯食べて、お風呂に入ったらさ」
パミ=リステッドは追撃する。
いや攻撃力おかしいだろ、どんな長男でももうダメだろこれ。
***
夜、パミ=リステッドの部屋の扉を前にして、俺ことハタ=メントは緊張していた。夕食も一緒だったがマーニャさんのご飯が美味しいという話と、とりあえず俺のことはメント呼び、リステッドはパミィかリス、言いやすい方で呼んでとのことで、俺はリスと呼ぶことにした。するとリスは『ふ~ん』というように悪戯っぽい顔をしたわけだが、どっちが正解だったのか誰か教えてくれ。
コンコンッ
意を決して俺は扉をノックする。
「どうぞ」
夕食の時より少し低い声だった。
扉を開けると何冊もの本を床に広げ、その内容を紙に書き留めているリスの姿があった。机の上にはリスが書いたであろう紙の山や何かの薬品が入った小瓶が並んでいた。
「どしたの?」
「いや、真面目なんだなって思って」
「似たようなことはメントも図書館でしてるでしょ」
たしかに俺もしている、けどリスが書いてる量は桁違いだった。
何十日とかではなく、何年も費やしたであろう紙の束がそこにはあった。
「……マーニャさんから聞いたよ、スノーラビットにボコられたって」
魔物の中でも最下層、現実世界の生態系でいうなら魚に食べられるプランクトンのようなポジションに近い魔物、スノーラビットに負けたという事実に対して。
「笑わないの?」
「笑わないよ、正確に言えばマーニャさんに聞いて、ここ一週間くらい君が図書館に通って色々勉強してるのを知ってるからかな、まあとりあえずそこのベットの上にでも座りなよ」
夕食までの緩い感じのリスのイメージはそこにはなかった。
「メントは駆け出しの冒険者の1年以内の死亡率って知ってる?」
「ごめん、知らない」
「約8割、ようするに10人中8人は死んじゃう」
「そんな高いの?」
「うぃ、だから討伐系の依頼は特に段取り八分みたいな所があるね」
段取り八分とは、なにかをする上での結果は準備の良し悪しで八割方決まるということである。
「だからアタシは準備をする、自分だけじゃなくて、自分以外の人も死なないように、死ぬほど準備するし、死ぬほど鍛錬もする、……まあそれでも何かイレギュラーがあって、死んじゃうかもしれないけどね」
リスは凄い肉食系女子だと思っていたら、凄い努力家だった。
「本を書いてるんだ、冒険者のマニュアルみたいな。冒険する上で必要な知識や注意点とかをわかりやすくしたやつ。それをいつか完成させて出版して、その本がギルドのマニュアルになったり、図書館に置かれたりしてさ、もうアタシみたいに仲間を失ったり、メントみたいボロボロになって帰ってきたり、駆け出しの冒険者で死んじゃう人を少しでも減らしたいんだ」
リスの声は後半になるにつれて少し涙声になっていたのかもしれない。
「それで毒に関しては知識が浅かったからね、メントの出番というわけさ、きっかけはボロボロになったのに、次の日から図書館で勉強してる姿にテレパシー?感じちゃってさ」
「シンパシーな」
「そうそれそれ!」
最後のボケはワザとだ。たぶん湿っぽい雰囲気になりそうなのを、リスが誤魔化したんだとわかった。その後自分の属性は簡単に教えちゃダメ、特に毒属性はイメージが悪いからとリスに教えられた。
そして結論を言えば今日、リスの部屋に入る前にエロいことを想像した自分を殴りたい。