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フラグブレイカー  作者: 秋風 赤空
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2日目

<異世界生活二日目>

 午前は図書館に行きこの世界の情報収集。午後は情報を整理した後、街を少し出て魔物と戦ってみることにした。魔物に会えないにせよ自分の毒属性の力を街中で使うのは物騒だし、どんな規模でどんなことが起こるか予想できないので、それもケットシーさんのおかげにするのは流石に無理だと思ったからだ。


 街を出て街道から逸れた丘を下った場所での出来事。


 俺は図書館で得た知識を元に、自分の属性と向き合ってみる。

 まず基本的に魔法は魔力を消費して使うもので、人によって魔力の大きさであったり、容量は違うらしい。毒属性は図書館の本によれば過去の魔王が毒の雨を降らせた結果、現在魔王城のある大陸が毒沼ばかりの死の大地になったとか、とある国の王位継承を兄弟同士で争った際に、毒属性の皇子が自分以外の兄弟を皆殺しにして王位を継承したが、その後国は滅んだとか、とある伝説の魔物の足跡には草一本生えず、その足跡は現在もこの世界のどこかに残り続けて畏怖や信仰の対象になっているとか、もうこれ絶対勇者とか主人公にはなれない感じの情報ばかりが書かれていた。


 とりあえず何属性の魔法にせよ基本はイメージが大事らしい。


 例えば液体のような毒をイメージするのか、それとも粉末のような毒をイメージするのか。第一段階は何の属性にせよ自分の武器を媒介にして、武器に属性を纏わせ、纏わせるのをコントロールするのが一般的らしい。

 俺はケットシーから貰った魔法の金属で出来たナイフ、ミスリルナイフを取り出し、ナイフの刀身に液状の毒を薄っすらとコーティングするようなイメージで纏わせようとするも、毒はボタボタと刀身から滴り落ち、その毒はジュワワワァとステーキを焼くような音と煙を立てて大地を溶かした。


 ……あきらかにヤバいやつである。


 結果論でいえば街中どころか宿でこっそり練習するのもダメなやつ。

 そんな感じで毒属性のコントロールを練習している内に時は過ぎ、図書館にある魔物図鑑でみた魔物の群れを見かけることになる。

 

  スノーラビット。


 その名の通り雪のように白い兎で体高は大人の膝位はある兎の魔物だ。

 群れで行動することが多いが殺傷能力は低く、群れであってもそれほどの脅威にはならないらしい。今日の俺の目当てはコイツで、とりあえずこいつ等をオーバーキルだとは思うが毒を纏わせたナイフで瞬殺というか、無双しようと思った。辺りが少し暗くなってきたが、とりあえず一匹だけ、魔物に対してどの程度の威力があるか確認できればいいので、ナイフの先っぽだけ!先っぽだけでいいから!と若干変質者の変質的なステップでスノーラビットとの間合いを詰める、そしてその変態的な毒を帯びたナイフがスノーラビットを捉えた瞬間、脳内にボーカロイドのようなクリアな声が響き渡る。


 『フラグブレイカー発動 無双フラグを破壊します』


 キィン!


 「は?」


 スノーラビットに当たったと思ったナイフは刺さるどころか金属音と共にスノーラビットに弾かれた。予想外の結果に体勢を崩し、怯んだところにスノーラビットの群れの内の2匹が、仲間を守ろうと考えたのか俺に向かって突進してくる。魔物図鑑の情報から察するに、この突進は威嚇や他の仲間を逃がすための時間稼ぎのようなもので、大した威力はないはずだが、次の瞬間にそれは間違いだったと気づく。


 鈍い音がした。


 スノーラビットの突進が自分の体に当たった瞬間である。


 良く言って重めのボーリングの球、悪く言えば鉄球が勢いよく飛んできて肋骨に当たったというイメージが近いか、一匹目の突進で肋骨が、二匹目の突進で左腕がポッキーのように折れた。


『ーーこのスキルを最初に発現した転移者はこっちの世界にきた翌日に亡くなったにゃ。』


 ケットシーが言っていた言葉を思い出す。

 

 「がああッ!」


 骨が折れてから時間差で来る激痛と共に声が出る。


(嘘だろッ?そうゆうことか?)


 俺の頭の中で走馬灯のように思考が加速し推理される。

 異世界転生、転移系のラノベでは主人公が無双する傾向がある。

 例えば不遇職と言われてる職業だろうとスキルだろうと、属性だろうと何だろうと何だかんだで無双する、なんだかんだで俺TUEEEになる。


 だが俺のスキル<フラグブレイカー>はおそらく。

 その定型文、もはや様式美といった流れを破壊する。


 (……死ぬのか?)


 最初にこの能力を発現した人はおそらく俺と同じような状況で死んだのかもしれない。一応ケットシーの話を忘れていたわけではなく、情報収集して戦う相手を選んだつもりだった。けど現実は、今はミスリルナイフ持って街の方へ逃げるので精一杯だ。


 おそらくあのスノーラビットは俺のフラグブレイカーで強化されている。もしくは俺が弱体化しているのか、あるいは両方か。


 スノーラビットは本来、魔物の中でも最下層に近いポジションの魔物だ。しかし手負いで背を見せて逃げる獲物がいれば狩猟心というのが芽生えるのだろうか、三匹のスノーラビットが俺を追ってくる。辺りは暗くなってきているから俺を晩御飯にする気か、折れた左腕はだらっとしている、肋骨の痛みを和らげようと腹筋に力を入れたりしながら走るが汗は止まらない。


 大抵ピンチの時には何らかの味方が助けにくる。しかし俺のスキル、フラグブレイカーはフラグどころか、そういったお決まり(テンプレ)すら破壊しているのかもしれない。だからこのピンチでもケットシーが助けに来ないのだろう。


 転んだ。


 そして3匹の内、先頭を走っていたスノーラビットが俺に向かって突進してくる。


 詰んだ。


 と思った瞬間。


 ベロンッ


 という音と共に先頭で突進して来ていたスノーラビットが消えた。

 スノーラビットはスノーラビットでいきなり消えた仲間に動揺し、残る二匹は足を止めた。しかし2匹が足を止めてすぐにもう一匹が、またさっきの音と共に薄暗い闇に消えた。もう一匹は仲間を捕食した敵を確認し、来た道を逃げるように必死に戻ろうとしたが、音と共にまた消えた。


 俺はその魔物を知っている。


 魔物図鑑に載っていて、このファンダリア周辺に生息する魔物の中でも屈指の捕食者、個体の大きさによっては二つ名を持つ魔物として懸賞金がかけられた過去があるモンスター、ナイトメアフロッグ。


 ーー別名、人食いカエル。


 「いや、ふざけんな」


 思わず声が出た。

 危険度でいえばスノーラビットを遥かに凌ぐ化物。

 そしてゲェェフと人間でいうゲップのような音を鳴らすナイトメアフロッグ。

 三匹のスノーラビットを丸呑みし、お腹一杯ならいいが、その巨大なカエルはこちらを少し見た後、すぐさま舌を伸ばし、その舌はガッチリと俺の胴体に巻き付いた。


 「くそったれええええ!」


 吸引力の変わらないただ一つの掃除機に吸われる綿ゴミのように、俺の身体はナイトメアフロッグの口へ超特急、だがそれが快速になる程度の抵抗はしてやる。

 俺は右手に持ったミスリルナイフで足に巻き付いた舌を斬ろうとした、そしてそのナイフがナイトメアフロッグの舌に当たるか否かのところで、またあのクリアな声が鳴り響く。


 『フラグブレイカー発動 無駄な抵抗フラグを破壊します』


 先ほど魔物図鑑上ではナイトメアフロッグより遥かに格下だったスノーラビットに弾かれたナイフは、今度は豆腐を切るよりも容易くナイトメアフロッグの舌を斬り落とした。


 「は?」


 あまりにも斬った感触がなかった。

 斬った本人が一番困惑するほどに。

 巻き付いていた舌は力なくベロンと胴体からほどけ、ボトッと落ちる。


 体高3mはあろうカエルは、獲物が腹の中に入ってくると思っていたのに、戻ってきたのは斬られ、短くなってしまった自分の舌のみで、視覚で斬られたのがわかってから痛覚が追い付き悶絶する。

 斬り落とされたのに気が付かなかったという事実。

 そしてたとえ狼に噛まれても、文字通り歯が立たない自分の自慢の舌を易々と斬り落とした者が、斬り落とすのに使ったであろう武器を持って構えている。例えそれが威嚇、コケ脅しであっても、カエルからすれば別の獲物に切り替えた方がローリスクだと判断、結果逃走を選択させるに至った。


 「助かった……のか?」


 もう一刻も早く街に帰りたかった。

 斬り落としたカエルの舌を、魔法の収納袋に入れてメントは街へ戻った。


***


 「お客さん、どうしたんだい!?」

 

 血相を変えて俺を心配しているのは宿屋ほうき星の女主人、マーニャさんだ。夕方には帰ると言っていたのに、日が暮れても帰ってこないので心配させてしまったのだ、俺は心肺停止するところだったけど。


 「……スノーラビットの群れに返り討ちにあいまして」


 俺は正直に話した。


 「嘘をつくにしても、階段から落ちたって話の方が信憑性があるってもんだ」


 マーニャさんからすればそんなわけないだろう、スノーラビットは畑を荒らしたり小さな子供が指を食われたなんて事案はあっても、武器を持った大人が何本も骨を折って敗北して帰ってくる相手ではないという感じだ。

 ただ宿屋の主人とその客という立場上あまり問い詰めるのもおかしな話だと思ったのか、とりあえず回復を促進させる薬草を入れた薬草粥を作るから部屋で安静にして待ってろと言われ、すごすごと宿屋の自室へ向かうことにした。


 マーニャが「夕食の作り直しだねぇ」とボヤキながら薬草粥を作っていると、緑色のゆったりとした服を着た女性がその姿を見ていた。


 「おやおや、もしやのマーニャさん、この余った予感が溢れる夕食は私のお夜食でしょうか?」


 わざとらしく声をかける女性、パミ=リステッド。


 「……リス、あんた何時からそこに」


 略称で呼ばれることからもマーニャとは親しい間柄であることが伺える。


 「ついさっきですよ、ボロボロの方が2階へ上がって行くのを見ましてね、これは久々にマーニャさん特製の薬草粥かなと、そうなると本来あの方へ出す予定だった夕食はどうなるのか?答えは私の胃袋の中だああ!って思いましてね?」


 「太るよ」


 「うぃ」


 急に大人しくなるリスとその場の空気。

 薬草粥をコトコトと煮詰める音が静かに響く。


 「……前にこれを作ったのは3年前、まだアンタが冒険者の駆け出しだった頃だったねぇ、さっきのお客さんよりアンタの方がボロボロだったか」


 「……否定はできませんなぁ」


 そのクエストでパミ=リステッドは重傷を負い、その時のパーティメンバーを一人失い、更に腕には大きな傷跡が残った。その傷跡を反射的に触るリスを見て、マーニャは悪いことをしたと思ったのか。


 「その余った夕食持ってきな、どうせ夜遅くまで本読んだり、次の依頼の準備でもしてるんだろ?それなら太らないよ、アンタまだ若いんだし」


 「ありがとうマーニャさん、……おやすみ」


 余った夕食を自室へ持っていくリスへ、薬草粥煮詰めながらリスへ背を向けて手を振るマーニャ。


 メントはメントでその後マーニャの薬草粥を食べた際に、元の世界と色や触感は違えど、遠い昔、風邪をひいた時に母親が作ってくれた梅干しのお粥と似たような香りと味が身体に染み、痛みが引いていくのを感じた。


 そして薬草粥を持ってきたマーニャがメントの部屋を去った後、スノーラビットに負けた自分の弱さと、薬草粥の味が元の世界の既に亡くなった母親の作った粥と重なったせいか、メントは一人静かに泣いた。



ーーー夜が更けていく。

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