46-01 ハルカのように
きみのためだと強く口止めをして、おれはすべてをマヒナに話した。
彼女は最初、おれの本名を知ってかすかに身を固くした。しかしすぐにその瞳は見開かれ、口元がふるえ、話が進むに連れ、彼女はうそ、とつぶやくばかりになった。
長い話だった。だが、何事にも終わりは訪れる。
なにもかもを話し終え、おれは小さく息をつく。マヒナはこぼれんばかりに目を見開き、口元を両手で覆っていた。
「ハルカが……──死んだ?」
「そうだ」
「うそ。うそよ」
「気の毒だが、嘘じゃない。遺体はおれが確認した。間違いなく、ハルカ・シノサキだった」
「だって、自殺なんて、それも大人に騙されて──うそ」
信じない、とマヒナが震え声でつぶやく。紫の瞳に涙が溜まって、うそだ、と彼女は何度も繰り返した。胸を刺す罪悪感を噛み締め、おれは残酷な言葉を口にする。
「二度目にきみと会った、あのとき。コントラバスケースには、ハルカが入っていたんだ」
「うそだ、信じない、だってそんな、そんな──悪夢みたいなこと」
つうっ、と紫色から涙がこぼれだす。それは一筋、二筋と増えていって、後から後から、透明な雫はいくらでも滑り落ちていった。
痛々しく顔を歪める少女に向かって、おれはむごたらしい事実を繰り返す。
「本当なんだ。もう、嘘なんてひとつも吐いていない」
「や、やだよ。なんで、ハルカが、どうして」
いや、いやだ、とマヒナが激しく首を振る。つややかな三つ編みがはらはら揺れて、冷えた風にゆるい弧を描いた。
おれはなにも言えない。言う資格などなかった。ただ頭を下げて、すまない、と繰り返すしかできない。
しきりにうそだと繰り返していたマヒナが、急にかくんと俯いた。おい、と呼びかけるも、聞こえている気配はない。下を向いたまま、ぶつぶつと何事かをつぶやいている。細い膝頭に、ぱたぱたっ、といくつも雫が落ちて散った。
あまりの様子に心配になり、そっとマヒナに手をのばす。
「マヒナ?」
「…………ない」
「えっ」
伸ばした手、血で汚れた手首をぐっと握られ、驚く。マヒナはゆっくりと顔を上げた。
「……ハルカは騙されたんじゃない。守ったんだ」
真っ赤に泣き腫らした上目遣いは真剣で、まっすぐだった。ごまかしや自分への慰めで言っているとは、とても思えない口調だった。そっと尋ねる。
「どういうことか、聞いてもいいかな」
マヒナはやんわりとおれの手首を解放し、小さくうなずいた。前のめりだった上体を正し、こぼれた涙を拭いもせず、噛みしめるように彼女はつぶやく。
「ここ一年くらいで、ハルカは──変わったんです」
「変わった?」
こくりと、強い肯定の仕草。
「攻撃的な物言いや、大人ぶった態度は変わらなかったけど。美しい瞳の奥に宿る炎の色が、どこかやわらかい、慈悲めいたものになっていた。相変わらず大人にすぐ噛み付くけど、それは誰かを守るためだった。誰にともなく、よく感謝を口にするようになった。大事なところ、彼女の本質、そういうのは何も変わらない、でも。ハルカはたしかに、変わったんです」
「それで……守ったというのは、どういうことかな」
濡れた瞳がおれを見つめる。真剣な声。
「シヅキさん、言いましたよね。ハルカが自殺したの、だいたい一ヶ月前だって」
「ああ」
「その少し前……私、ハルカに会ってるんです」
なんだって。返す声が大きくなった。マヒナはうなずく。
「夜中に、呼び出されたの。ここに」
「ここへ? なぜ」
「ハルカの家の近くだから。今日も、ハルカが心配で、家まで行こうと思って……」
そこまで言って、マヒナが声をつまらせた。
(だから、この子はおれのそばを通りかかったのか)
くちびるを引き結んで涙をこらえ、彼女は続ける。細い指が公園の奥を指差した。
「あのブランコに、ふたり並んで座って、話をしました。月の明るい夜で、街灯の光は小さかったけど、ハルカの瞳がよく見えた」
すごくきれいでした、とつぶやく声はまだ涙じみている。
「あのとき──ハルカはもう、大人によってたかって、裏切られた後だったんですね」
「……そうだ」
だからだったんだ、と小さな声。おれは黙って彼女を促した。ブランコを見つめる紫の瞳が、しめって光っている。濡れたまつげが瞬いて、彼女は言った。
「……ハルカは。人の心に眠る、美しいものを信じていた。きっと、どれだけ大人に裏切られても、汚いものを見せられても。それでも、美しいものはあると信じて、それを守ろうとしたんです」
あのとき、ハルカは言いました、とマヒナの声。空っぽのブランコ、そこに座っているはずの幻影を見つめてか、紫の瞳が静かにまばたく。くちびるからこぼれる、ハルカの言葉。
『わたし、すごい人になりたいって、前に言ったよね。すごい人になって、馬鹿みたいな大人たち、みんなぶん殴ってやりたいって。でも、最近思うの。
わたし、すごい人になって──みんなを守りたい、って』




