43-02 リディアの言葉
彼女が遺した手記はとんでもない爆弾よ。ハルカの死を知った環資省は、二つの手記をなんとか手に収めようとした。
そう、手記は二つあるの。一つは彼女が自作した端末に入ってる。もう一つ、同一内容が国外のクラウドに保存されているわ。二つは同期されていて、端末が破壊されたらクラウド側のデータがばら撒かれるようになっていた。
端末を手に入れたのは環資省よ。ハルカの〝失踪〟に気付いてすぐ、生前の行動を洗い出したみたい。彼女は環資省に監視されていたから、端末を見つけるのは難しいことじゃなかったと思うわ。
ただ、ハルカにとって、手記の存在に気付かれることは計算づくだったみたい。むしろわざと端末を発見させて、敵の手で破壊させたかったのね。
でも、同期の仕組みはすぐに見抜かれた。端末は環資省のもと、今も安全に保護されているわ。
あとはクラウドのデータを消去できればいいんでしょうけど。なんのゆかりもない国外のクラウド、その中身を消させるなんて、環資省には不可能だったわ。理由なんてとても説明できないものね。そもそも、手記の具体的なアドレスさえ彼らにはわからなかったし。
ただ、安心できる要素として、手記にはパスワードがかかっていたの。おそらくはクラウドにも、同じものがかかっている。端末を保護して、パスワードさえ隠してしまえば、手記が暴露される可能性はなくなるわ。
パスワードは二十九桁。ええ、そう。
『魂』の刻印──死亡者IDよ。
彼女、どうやったのかは知らないけれど、生前に自分の死亡者IDを確認して、それをパスワードに設定したの。親友に『魂』を遺してほしいって遺書を、自宅に残してね。
環資省は大慌てで、ハルカの『魂』を確保しようとした。彼女の死体は行方不明だったけれど、彼ら、すぐに見つけ出してきたわ。そして『魂』を消してしまおうとした。
手段としては、特殊なゴミとして燃やすか、あとは火葬くらいしかないわね。彼らはハルカの自殺そのものを隠したがった。だから死体と一緒に『魂』も処分できる、火葬場を探し始めたのよ。
そこで……私は初めて、ハルカの死とその仔細を知った。だから、もう一度防衛省に連絡を取ったの。
防衛省は、環資省とはまた違う立場だったわ。端末こそ手に入れられない。でも彼らが防衛上の機密をふりかざせば、手記の保存されているアドレスくらいは調べられるの。
要するに環資省も防衛省も、手記の入口までは辿り着けるのね。あとはパスワードさえあればいい。
もっとも、防衛省は手記の『中身』には興味がなかったみたい。パスワードを手に入れて、いつでも手記をばら撒けるんだって言えば、それだけで十分だから。
私は──環資省にも防衛省にもいい顔をしながら、動いて回ったわ。あなたの火葬場を紹介したことも、そうね。ハルカ・シノサキを火葬した人間は、口封じのために消される可能性が高いわ。リツキのなきがらを冒涜して、私を追い詰めたあなたに、やっと復讐できる。だからあなたを紹介した。
環資省、防衛省、そしてあなた。いろいろな人に協力するふりをして、状況を可能な限りかき回して、私はその隙にハルカ・シノサキの『魂』の刻印を確認しようと思ったの。もちろん、誰かを脅したりするためじゃないわ。手記をばら撒いてやろうと思っただけ。
えっ? ……ああ、手記のアドレス、私も知ってるのよ。
生前のハルカとは、一度だけ顔を合わせたの。そのとき、彼女は編集中の手記を見ているところだった。私に気付くと慌てて画面を落としたけど、一瞬だけアドレスが見えたの。
その時はなんのアドレスかわからなくて、念のためメモしておいただけなんだけど。ふふ。やっておくものよね、ブレイン・トレーニング。
彼女、そのとき言ってたわ。私がいろいろ協力してくれたおかげで、ことがスムーズに進んだ、ありがとうって。誕生日には間に合わせたかったからって。
その言葉を聞いたとき、私はなにかに気付くべきだった。でも……今となってはなにもかも遅すぎたわ。
私は私のため、そして彼女の無念を晴らすため、醜い蝙蝠を続けた。
すべてをお膳立てして、あなたの気を引くためにファイルを忘れたふりをして、通話ではわざと突っかかって時間稼ぎもした。防衛省から渡された端末に、奪還完了の連絡が来るまで、ね。
あとは──あなたも知ってのとおりよ。




