42-01 マイ・ホーム
辿り着いたのは、昔の我が家だった。ダイニングに座らされる。十年前の定位置。リディアはキッチンでコーヒーを淹れている。頭はまだかなりぼんやりしていた。
LDKを見回す。十年前からなにも変わっていなかった。なつかしいテーブル、壁に飾られたリツキの絵、大きなソファ、昔のままの映話機、ふたりで買った花柄のカーテン。
キッチンを抜けて、リディアがカップを二つ持ってくる。対面に座ると、彼女は自分とおれの前にかちりとカップを置いた。
「疲れたでしょ。少し休んで」
手の仕草でコーヒーを勧められ、手をのばす。リディアの目がやわらかく細められ、こんなときだけど美味しく入ったと思うわ、と静かな声。
カップを持ち上げて、しかし指先の震えがひどい。仕方なくカップをおろした。リディアがどうしたのと小首をかしげる。
「手が震える。例の薬のせいかな」
「……そう」
わずかな沈黙。もやもやと白んだ頭。おれは口を開いた。
「防衛省とはどういう関係だ」
「関係というほどのものはないわ。彼ら、あの映画館で私を保護してくれたの」
リディアはさらりと言う。でもねと続く声。
「彼らもあなたを狙ってるって聞こえたから。大人しく保護されるふりをして、突入の隙を狙ってあなたと逃げたの。たぶん今頃、映画館は大乱戦なんじゃないかしら」
「早々に逃げ出して正解だったな」
「そういうこと。……ねえ、冷めちゃうともったいないわ。薬を抜くためにも、水分は取ったほうがいいんじゃない」
「……いや、今はいい」
「もう。せっかく手でドリップしたのに」
頬をふくらませるリディアに、おれは気を取り直して尋ねた。
「警察は防衛省の味方、とはどういうことだ」
「私も小耳に挟んだだけよ。強引に警察を使って人海戦術に出たのに、あなたは見つからなかったとかなんとか。まあ、軍と警察は繋がりが強いから。手先のように使うことも、できなくはないわね」
「そう、か……」
まだなにかが納得できない気はしたが、頭がひどくぼんやりしてうまく考えられない。
ほら、とリディアがカップを指す。
「放っておくと酸っぱくなっちゃうわ」
「ああ──」
生返事をしながら、考える。なにがおかしいんだ。もやがかかった思考の向こうに、たしかな違和感。記憶をさぐり、考える。
そのとき、ふと思い浮かんだ。
『警察は防衛省の味方よ。今なら見逃してくれる』
だが、あのとき。路上にはリディアとおれしかいなかった。つまり。
(リディアは警察から、防衛省側の人間と認識されている──?)
顔を上げる。彼女は困ったようにおれを見つめていた。やわらかい声が、そっと語りかける。
「あの旧式のコーヒーメーカーよりは、おいしく入ってるわよ? 難しい話なら、一息入れてからのほうがいいと思──」
「リディア」
強引に言葉をさえぎり、呼びかけて。おれは小さく息を吸う。
「なにを入れた?」
「……」




