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【完結】さよなら火葬場  作者: Ru
── 第7章 ──

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41-01 喪失

『だが、我々も暇ではないのだよ。人工人格の運用には、手間も時間も人員も必要だ。あれほどの数の〝コピー〟を、私がわざわざ用意したと? 法案はとっくに通過したのに?』

「それは──」


 そこまで考えて、もしや、と嫌な可能性が脳裏をよぎる。


 最初のガラサ、ハルカ・シノサキは生きた人間だった。人工人格などではない。だが、彼女は環資省のいいように動かされていた。


 そして、例のコピーたちもまた、人工人格ではないのだと言う。だが、彼らもガラサも人間だとすれば、あれだけの数の人が、恐ろしいほど統率の取れた思想を持たされていることになる。環資省にとって都合のいい思想のみを。


(まさか──)


「洗脳……」


 自然とこぼれた言葉に、ケイジがぴくりと反応する。スクリーンの目の奥に、なにか暗いものがじわりとにじむ。それで確信した。


「ハルカ・シノサキと、それに続く若者たちを……洗脳したんだな」


 ケイジが乾いた笑みを浮かべる。手を広げ、肩をすくめる仕草。


『人聞きが悪いな。教育的指導だよ。彼らは自分の意志で、我々の思想に同調したのだ』

「馬鹿な。未熟な精神と不安定な自我に翻弄される子供たちを誘導して、若い思想を捻じ曲げて、どこが彼らの意志なんだ」

『我々は、一度たりとも強要などしていない。強い言葉すら、一度も使っていない』

「それが洗脳だと言うんだ!」


 ゆるく首を振り、ケイジがやれやれ、というような顔をする。


『私はただ、彼らの見えるところに、星を置いただけだ』

「星……?」

『真の愛という星だよ』


 うっすらと暖かな笑みを浮かべ、ケイジは言う。


『それさえ見えていれば、人は自然とそこへ向かって歩き出す。愛というのは手に取れない星と同じだ。永遠に届かないその境地を目指し、邁進し続けることこそが、真実へ至る唯一の道なのだよ』


 聞き覚えのある論調だった。星、道、到達不能な真の愛。

 おれは思い切り奴を睨みつける。


「やはり……今のガラサの言葉はすべて、おまえのものだったんだな」


 なにも言わずに笑うケイジ。歯噛みする。


「おまえのやっていることは愛でもなんでもない。ただのまやかし、悪趣味な洗脳行為だ」

『おや。君にも共感してもらえると思ったのだがね』


 眉を持ち上げ、心底意外そうに彼は言う。むかむかと嫌悪がこみ上げ、憤りが腹の底を焼いた。ケイジは陶酔したように語る。


『美しいものは、真の愛は、たしかにあるのかもしれない。だがそれは決して到達不可能な至高の一点であり、目指すべき不動星であり、美しい虚構の理想でしかない。だからこそ、人はその星へと続く道を、永遠に歩み続けるべきなのだ。辿り着けない高みを目指し、研鑽を続ける。その過程にこそ、人間の価値がある。愛という虚構こそが人を高め、その魂を救うのだと──君もまた、それを信じてきたのではないかね?』

「ふざけるな……」


 歯を食いしばる。ぎりっ、と握りしめたペンが震えた。きっと顔を上げ、おれは叫ぶ。


「子供を死なせてなにが愛だ!」


 その途端、ケイジの瞳がそっと瞑目した。ゆっくりとまぶたが開いて、


『……ハルカ・シノサキのことは残念だった』


 つうっ、とその目尻から、慈悲じみた涙が伝う。あまりにも不釣り合いな美しい涙に、ぞっとした、そのとき。パシュッ、と軽い音。


「──っ、ぐう……っ!?」


 ものすごい激痛。あまりの痛みにうめき声をあげ、床に崩れ落ちる。コントラバスケースが放り出される大きな音。視界がさまよい、胸元に刺さった電極が目に入った。


(くそ、油断した……)

 銃口から伸びた電線をたどるように、スーツがひとり歩み寄ってくる。

 うめきながら悶えるおれの傍にしゃがみこみ、彼はごそごそコートをあさりはじめた。抵抗しようにも、痛みのあまり動くことができない。


 男はポケットからなにかを取り出すと、ケイジに見えるように空にかざした。入れっぱなしで忘れていた、エルビンのケースだった。

 スクリーンのケイジが、喉の奥で満足そうに笑う。


『予想通りだ。紛失したと聞いていたが、やはり君が持っていたか』

「な、に……」


 這いつくばり、うめきながら、眼球だけでスクリーンを睨む。ケイジが実に楽しそうに笑った。


『おや、これがなにか知らなかったようだね。君は最後まで〝品物〟がなにか、誤解したままだったというわけだ』


 エルビンのケースが他の男の手に渡り、大ぶりのアタッシェケースの中へと厳重に収められる。ケイジが言った。


『『魂』だよ。ハルカ・シノサキの』


 やはり彼女の『魂』には、なにか秘密があったのか。

 大写しになったケイジが、皮肉げな笑みを浮かべる。


『大人しくこいつを焼いてくれれば良かったものを。君がとろとろしている間に『魂』は防衛省に横取りされ、彼らはそれをネタに交渉を持ちかけてきた。まったく無能だね、君は』

「ぐ……っ」


 身のうちを駆け回る電流はまだ止まない。ひどい痛みで落ちかける意識をかろうじて繋ぎとめ、おれは歯を食いしばってケイジを見上げた。


『我々は、なんとか落とし所を見つけようとした。しかしイレギュラーが発生した。君だよ、シヅキ・J・ロウ』



 

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