39-02 環資省の意図
(──そうか)
もし、火葬違法化によって市場に有機資源が増えるのなら。ケイジ個人はともかく、『環資省として』なら利益はある。ガラサという〝世論〟に押し切られて法改正するのだ。のちに人権問題で糾弾されても、最大責任をこうむるのは環資省ではなく、民衆を扇動したガラサになる。
環資省は人権擁護を建前にかたくなに火葬違法化に反対していたが、そもそもそこがおかしかったのだ。よく考えれてみればガラサは、環資省にとっては都合のいい存在に他ならない。
(そして、だ)
ガラサはまだ〝生きている〟。
奴は今もなお、環資省に都合のいい喧伝を続けている。
約三ヶ月前、ハルカはガラサの座から追い落とされた。新しい〝ガラサ〟はオーバーで活動を始める。ほぼ同時期、第二、第三のガラサと呼ばれるコピー連中が、あちこちで発生し始めた。ハルカはなにかと闘った痕跡を残して自殺し、環資省はその死をひた隠しにしようとしている。
(まさか──ガラサとは、環資省の傀儡のことだった?)
すうっと背の辺りが冷たくなった。社会の底でうごめく大きな暗いものの気配に、嫌な感覚がこみ上げる。
ガラサは環資省の操り人形だった。仮にそう考えるのなら、防衛省が出てくる理由もなんとなくわかる。環資省はエネルギーや資源を扱う省だ。一方で、資源不足と軍縮のあおりを食らって、防衛省は金も資源も足りていない。環資省と防衛省の関係は、決して良いものとは言えなかった。
(そのあたりに、なにか……)
そこまで考えて、たらっ、とソースが指を伝った。慌てて舐め取る。運転手はとっくにバーガーを食べ終わり、興味深そうにインパネの画面を見つめていた。
動画はまだケイジ・ニューマンについて語っていた。彼の来歴が表示される。
学生時代のケイジは、ビッグデータ解析の研究室に在籍していた。学生時代に現在の妻と結婚、子供こそいないがおしどり夫婦として有名だった。卒業後、環資省に所属。優秀な職員だったが、十年前に議員であるセルゲイ・カルダノフに見留められ、彼のもとにつく。
その後みるみる手腕を示し、セルゲイが財務大臣となった暁には右腕として活躍。五年前に最愛の妻の交通事故死という悲劇でいったん休養を取るも、それを乗り越え、政界進出からたった十年で大臣にまで成り上がった。
その実力派がなぜこんなありさまに、そう論調は続いていたが、おれは途中からほとんど聞いてはいなかった。
セルゲイ・カルダノフ。聞き覚えのある名前──当たり前だ。ケイジの師匠、財務省に強い影響力を持つ議員、だがそれ以上に。
(リディアの……『先生』)
長い金髪、儚げな緑の瞳が思い出される。そうだ、彼女は今、どこにいるのか。おそらくはケイジの手に落ちたと思われる彼女を、なんとか助け出さなければならない。
リディアの連絡先なら暗記している。まずは元の区画に戻りながら、どこかで通話機を探して──
そこまで考えたとき。ビーッ、とインパネにランプが灯った。おっ、と運転手がナビを覗き込んだ。
「あー、また検問だな」
「そうなんですか……」
めんどくせえなあ、とがりがり頭をかく運転手。検問誘導にルートを切り替えつつ、彼はため息をつく。
「シヅキ・J・ロウだっけ? 医者が殺された事件の犯人」
昨夜っからひっきりなしに流れてたもんなあ、とぼやく声。おれは口をつぐんだまま、ただ頷く。まだ逃走中なんて怖ぇなァ、と独り言のように彼は言う。
「あれだろ、家が血まみれだったんだろ。前々からとんでもねえ奴だとは思ってたが、ここまでするとはな」
頭の後ろで手を組んで、彼は思い切り顔をしかめる。粗野な鼻から、嘲りめいた息が漏れた。
「八年──いや、十年だっけ? たまたま居合わせた妊婦の腹を、殴る蹴るした時点で終わってたんだ。同じ人間とは思えねえよ」
「……ええ」
十年前の流言飛語をそのまま口に出され、表情が歪む。それは真実ではない、と思ったが、言えなかった。彼の言うその人はたまたま居合わせたのではないし、妊婦でもない。
十年前、おれが無差別に負傷させた病院スタッフには、女性ももちろん混じっていた。その女性が治療を受けるとき、妊娠可能性にチェックを入れたのだ。だが彼女は妊婦ではなかったし、あのチェックも『念のため』ということだった。
プライバシーに関わる、非常に個人的でセンシティブな情報だ。決して漏れてはならないものだった。しかし、どこかから情報は流出した。それも非常に中途半端に。
情報はねじ曲がり、悪意で脚色され、あっという間に間違った形で広まった。ただでさえ苛烈だった炎上の炎を、狂った業火に変える燃料としては十分すぎるものだった。その結果が、あのぶら下がった丸いロープと、火葬場に逃げ込んだおれの十年だ。
それでも、罪は罪だ。おれが女性に怪我をさせた事実は変わらない。だからこそ、十年間、今まで一度も否定しなかった。運転手が激しく顔をしかめる。
「いい役者だったんだがなあ。人間、落ちるときはあっという間だぜ」
「本当に……そうですね」
これがおれの評価だ。十年前の大炎上はまだ、なにも忘れ去られてはいない。




