39-01 環資省の意図
なめらかに整備された道を、大型トラックが走る。ゆらゆらと左右に揺れる大ぶりのハンドルを視界におさめて、おれはちらりと隣を見やった。粗野な男が、にっ、と笑みを浮かべる。
「ん? 遠慮すんな。食えよ」
太い指がおれの手元を指す。こぼれそうに肉と野菜の挟まったハンバーガー。おれはええとどうも、と曖昧な返事をかえすと、ソースを垂らさないようかじりついた。じわ、と染み出す肉の味。うまい。
隣の男──トラック運転手も、バーガーにかぶりつく。ソースで汚れた親指をなめる仕草は疎放そのものだった。人の良さそうな目がおれを見て、笑う。インパネの画面では、アンダーの動画がランダムに流れていた。
ストレートかゆるいカーブばかりの輸送道路を、わざわざ手動で運転する人間などいない。物流トラックの『運転手』とは言えど、仕事の大半は荷詰めと荷降ろしだ。運転中はインパネにエラーが出ないかどうか、ぼんやり見張っているだけでいい。
どうせインパネから目を離せないなら、メシでも食いながら好きなもんを見るのがいいだろ、というのが彼の言だ。異論はなかった。
運転手は、バーガーをかじるおれを楽しそうに見つめている。
「おまえさん本当、ずいぶん長距離乗るんだなあ」
「えと……その。助かりました」
「いいって、いいって。オレも実家とは折り合い悪かったしな」
まさかそんな年になってまで、親と揉めてるたぁ思わなかったが、とからから笑う男。おれは気の弱そうな苦笑を浮かべた。
「それにヨキノ区画なんざ、古い建物以外なんもねえし。音楽やりてえなら、街に出るってのは間違っちゃいねえわな」
「はい……」
いい年してジャズ奏者の夢を捨てられない青年。それが今のおれの〝設定〟だった。大人しく気が弱いがゆえ、どうしても親に逆らえなかったが、三十路を迎えてとうとう一念発起。デバイスすら放り捨て、楽器ひとつで親元を飛び出した。そういうことになっている。
いくら普通車より広いとはいえ、助手席でコントラバスケースを抱いたままバーガーは食べづらい。かといって手放す気にもなれない。もたもたと食事を口に詰め込むおれを、運転手は面白そうに笑った。
「相当そいつが大事なんだなあ。さすが……さすが……なんていうんだ、コントラバス奏者って」
「あ……コントラバシニスト、ですね……」
「そうそうそれ──おっ。更新されてるな」
運転手が手首に触れる。インパネの動画がぱっと切り替わった。アンダーの有志によるニュースチャンネルだ。世間の話題は相変わらず、ガラサの革命によるケイジ・ニューマンの火葬違法化への転身劇、一色だった。
流れる動画は珍しく、ガラサではなく、ケイジに焦点が当てられている。グレーの髪の生えぎわを、しきりにハンカチで拭う仕草。いつも下がっている目尻、反対に少し上向きの口角。穏やかで押しに弱そうな男が、動画の中でぺこぺこ頭を下げていた。
(この男が、ハルカの敵だというのか)
考え込む。ハルカ、つまりはガラサと、ケイジの関係の推移を。
ケイジとガラサは、もとから敵対関係だった。人権擁護のため火葬は絶対に保護されるべきだと主張するケイジ。それに猛反対したのがガラサだ。
ガラサは若者を率いて世論を煽り立て、最終的にケイジは自分の意見をひっくり返す羽目になる。その弱腰な転身劇は、さんざん大衆に叩かれた。
視界の端で、ソースで茶色くなった指先が振られる。はっ、と嘲る声がした。
「だいたい、判断が遅すぎるんだよ。これだから上の人間は。世の中ってもんがちっとも見えていやがらねえ」
当たり前のようにケイジ・ニューマンをけなす運転手。これがケイジに対する、一般大衆の反応だ。押しに弱く、世論に流され、意見を曲げざるを得なかった。優柔不断で意志薄弱の、弱腰すぎる無能大臣。
(そんなケイジが、ガラサの死を隠匿しようとした首謀者だというのか)
火葬違法化に反対したケイジ。違法化を推し進めたガラサ。そのガラサは誰にも知られず〝入れ替わり〟、旧ガラサであるハルカは自殺した。ケイジはその死を隠蔽し、死体をまるごと消し去ろうとしている。ガラサの死はケイジにとって、こうまでして隠さねばならないほど都合が悪かったのだろうか。
ハルカが死んだのはガラサが〝入れ替わった〟後だ。彼女はガラサを奪われ、復讐じみた行為に身を委ね、そして死んだ。
ハルカはガラサを取り戻そうとしたのか? それともガラサを奪い取った者へ復讐しようとした? どちらにせよ、彼女がただ失意の末に自殺したとは思えない。なにか爪痕を残そうとしたのではないか。そしてその〝爪痕〟こそが、ハルカの死体が狙われる原因なのかもしれない。
考え込むおれをよそに、運転手がどさりとシートにもたれこむ。けっ、とぼやく声。
「火葬違法化ねえ。あんなもん、上の方で勝手に噛み付きあってるだけ、オレたちのような下々にとっちゃ対岸の火事さ」
ふてぶてしくも荒々しい口調に、ちら、と気の弱そうなそぶりで彼を見やる。おれの視線に気づき、運転手は安心させるようにニッと笑った。
「まあ、でも。それでそこらに有機資源が湧いて出て、物価が下がるってんなら儲けもんだけどな。あ、そしたらオレの仕事も忙しくなっちまうか。ははは!」
からからとした笑い声に、あ、と思った。




