38-01 天上の星
「……この、手が」
絞り出すような声に、ミックへ歩み寄りかけていたおれはぴくりと止まる。まだ顔を覆ったまま、彼は消え入りそうに続けた。
「あの肩にぶつかって、姉を死なせた。なのに、罪を償えなかった」
顔を覆った手のひらが、ぎゅっ、と拳の形になる。ミックは背を丸め、懺悔のように言った。
「準成年になってすぐ、家を出て軍に入った。そうするしかなかった。人殺しと戦いを想定された軍という場所は、俺のような人間の吹き溜まりだった」
それはわかる。火葬場でおれが扱ったご遺体は、軍出身者がとくに多かった。そういうことだ。
「この社会が言う愛がなんなのか、どうすれば正しくなれるのか、今でもわからない。ただわかるのは、自分は間違っているということ、……それだけだった」
おれはなにを言うこともなく、黙っていた。きっと彼はすべてを話してしまいたいのだろうと、わかったからだ。
おれの沈黙を促しと取ったのか、ミックははあっ、と息を吐き、続きを口にした。
「軍に入って、しばらく経ったころ。たまたま寮にあった端末を借りて、部屋に持ち帰った。普段、文字なんかまったく読まない。どうしてあのとき雑誌アプリを開いたのか、いまだにわからない。訓練が中止になって暇だった、たぶんそれだけの理由だった。
だが──そこで俺は、あの言葉に出会った」
「あの言葉……?」
「ああ。十五年前のトラッド、七月号」
噛みしめるようにささやいて、ミックが顔を上げる。澄んだ眼差しが、なにかの含みをもって、おれを静かに見つめていた。それでやっとわかった。彼がなにを言いたいのか。
「『虚構は、ときに救いになる』……」
そうだ、と静かな声。ミックはまっすぐにおれを見て、続けた。
「その雑誌には、こう書いてあった。
虚構の愛、それすら手に入らない人は、いくらでもいる。たとえその愛が虚構だとわかりきっていても、人を導く力は、かならずそこに宿っている。だから自分は、たとえ嘘でもかまわないから、愛がわからないなりに、人に愛を与えていくのだと。若い俳優の仕事への姿勢が、そう綴られていた」
言葉を切って、ミックは長い息を吐く。おれを見つめる純粋な目が、かすかに歪んだ。
「その人の言葉はまっとうで、誠実で、真摯だった。美しいものだと思った。この人は、自分にできることをしている。だったら俺は? そう思ったんだ」
ゆっくりとミックの視線が落ちて、その手を見下ろす。なにか強いものを、懸命にこらえるような声。
「罪の記憶がまとわりつく家を捨て、似たような人間ばかりの軍に逃げ込んで。取り返しのつかない、背負わせてすらもらえなかった罪を償いたいと呪い続けて。俺は一体、なにをしている?」
静かに手を握り込むミック。伏せたまつげが、目元に影を落とす。
「彼のように、今からでもできるなにかが、俺にだってあるかもしれない。どんなにいびつで間違った自分でも、手に入らずに苦しんだ過去があっても。すべて承知の、その上で──今、できることがあるんじゃないのか?」
すうっ、と眼差しが動いて、おれの背後、おそらくは銃がある辺りを見た。
「リボルバーを手にとった。一発だけ弾を込めて、シリンダーを回して、こめかみに当てて。もし弾が出なかったら、あの人のように生きようと思った。
弾は出なかった──今まで、一度も」
一人遊びと称した自殺未遂。それをこの男は十五年、ことあるごとに繰り返してきたのだ。おれのように生きよう、それだけをよすがにして。
ミックの目が、おれを見る。
それはとても澄んだ、穏やかな、静かな眼差しだった。
「俺には愛がわからない。でも、銃で人を守ることはできる。
あんたが、教えてくれたんだ。シヅキ・J・ロウ」




