37-02 十五歳
「力あるものは責務を負う。ハルカ・シノサキは、その覚悟ができていた。たとえ生前、貴様がなにを差し伸べようと。彼女はそれを拒絶しただろう」
ぞっとするような凄みを宿した表情で、ミックがゆっくりおれの駒を奪う。その仕草を最後まで見て取って──おれは、自らのうちに燃える感情に歯ぎしりした。
(だから、なんだ……)
食いしばった歯がぎり、と音を立てる。この男の過去を知った上で、それでも、だからこそ、炎のような憤りが止まらない。
だん、と机を叩いて腰を浮かせた。前のめりになって、叫ぶ。
「おまえの過去など知るか。覚悟だと!? だからって、大の大人が、よってたかって子供の覚悟に乗っかってどうする!」
「──それが敬意だ!!」
ガッ、と椅子の倒れる音。ミックだった。激しく立ち上がった大きな手がむしるように銃を取り、おれの額に突きつけられる。
視線がかちあい、睨みあいが続く。激情で、ふーっ、ふーっ、とミックが肩を揺らしている。おれだって同じだ。食いしめた歯の隙間から、おれは声を絞り出した。
「そんなのは……間違ってる」
彼らは愛されて、守られるべきだった。どんな覚悟があろうと、責任がほしくてもがき苦しもうと、大人がそれに乗ってはならなかったのだ。
ミックが表情を歪め、吐き捨てる。
「だったら! あのとき俺はどうすればよかった。子供だからと許されて、裁かれることもなく、残されて。それが本当に守るということか!?」
「それは、」
それは──おれには、わからない。
会ったこともない、十五歳のミックが脳裏に浮かんだ。この子は愛を知らない、わからないんだと、周りにむりやり思い込まされて、彼はひとりで苦しんできた。その結果、ひどい罪まで背負わされてしまった。
ハルカ・シノサキのことが思い浮かぶ。愛を信じて、本当のことが知りたくて、大人の欺瞞と闘うため、なりふり構わず自分を捨てた。そうまでしたのに世界は変わらず、彼女はその死となきがらを、大人の食い物にされている。
彼らは孤独と絶望の中、生きるため必死に闘ったのだ。本当なら十五歳の彼らは、守られ、愛され、健やかで、幸福であるべきだったのに。
うまく言えない、言葉にもならない、それでもひどく胸をかきむしる感情と衝動が、おれをどうしようもなく苦しくさせる。震えるくちびるが、ちがう、と言葉の形を取って、おれはかすかに首を振る。
「もっと──なにか、あったはずなんだ。幼かったあんたを守ってやれるような、なにかが。こんなことが起こってしまう前に、なにか──」
「クソみたいな夢物語を言うな!!」
きいん、と耳をつんざく叫び声。ごりっ、と銃口が額をえぐった。鷹のようだった目がぐしゃぐしゃに歪んで、ミックの表情はひどく歪んでいる。
「姉は死んだ、俺が殺した、俺に愛がわからなかったせいで! その事実は今さら──消せはしないんだ」
そこまでを一息に叫んで──唐突に、ミックが目を見開いた。
驚きにか、半開きになったくちびるから、呆然とした声がこぼれ落ちる。
「なぜ──泣く」
──おれが? そんなわけない。
そう言おうとして、うまく声が出なかった。
ぐうっ、と喉が詰まって、息が苦しい。なにか発声しなければと口元を動かそうとして、くちびるがひどく震えた。どうしようもない声が出る。
「……すまない」
「なぜ、謝る」
「わからない」
理由など知らない。ただ、火葬場に運ばれる、数多の遺体が思い起こされた。彼らを見送る祖父の、言葉足らずで無骨な背中も。
この男も一緒だ。社会の謳う愛の〝正しい形〟を取れず、福祉点数の低さゆえ愛がないとレッテルを貼られ、はじき出されて、はみだして、一人にされて、なじられて。
おれは彼らを、守ってやるべきだった。手遅れになってから死体を焼きに出てくるのではなく、火葬に耽溺して誰かを救った気分にひたるのではなく、
(もっと──なにか、あったはずなんだ)
彼らが見捨てられてしまう前に。なんでもいいからなにか、行動すべきだった。それなのに、おれは。
「すまない……っ」
ミックが、信じられないものを見る目でおれを見下ろしている。その顔がみるみる歪んで、ふざけるな、と震える声。
額の中央、ねじ込むように、銃口をさらに強く押し付けられる。額をえぐる痛みをこらえ、顔を歪め、勝手に頬を伝うものにおれは耐える。
「貴様、貴様は──」
鬼神のような形相で銃を突きつけ、おれの命を今にも摘み取ろうとする、激高しきった屈強な男。押し当てられた金属の感触、彼の後ろに見える血まみれの死体、引き金にかかった指に力がこもっていく。
腹の底が震えるほど恐ろしいはずのシチュエーション。それなのに、なぜだろう。おれには目の前の男が、道に迷って迎えを待つ、十五歳の子供に見えた。
(本当に──すまない)
最後に一度、すまない、とつぶやいて、おれは静かに目を閉じる。
乾いた銃声が一発、辺りに響いた。
きいんとした残響音が、部屋の空気に散っていく。痛いほどの静寂が返ってくる。おれはそろそろと目を開けた。
(……死んでいない)
ちらと辺りを見回す。背後の床に、弾痕がひとつ空いていた。うすく煙の立ち上るそこから視線を外し、正面に向き直る。
ミックは──あらぬ方向へ銃を構えたまま、おれを見つめていた。
ひどい表情だった。
よくわからないなにかの感情で揺れる瞳。震えてわななくくちびるから、「あのとき」と声が落ちる。
「……おまえは──俺を、救ってくれたのに」
「えっ……?」
どうして、と続くミックの声はほとんど掠れて、聞き取るのがやっとだった。
思いもよらぬ言葉に呆然と目を見開くおれの目の前で、無骨な手からリボルバーが転がり落ちる。落下した銃にぶつかって、あちこちに駒が散らばり、机からぱらぱら落ちていく。
ミックの体勢がぐらりと揺れた。そのまま、その場に崩れ落ちる。彼は黙って顔を覆うと、長く震える息を吐いた。




