37-01 十五歳
かちん、と空の手応え。
はあーっ、と長い息を吐く。銃を投げ出す。だらりと腕が垂れ、肩が何度も上下した。胸が激しく膨らんではへこみ、緊張からの弛緩で頬がかあっと上気する。
おれの憔悴を見つめて、ミックが薄く目を細めた。当たり前のように、さらりと言う。
「どうということはないんだ。暇で仕方ないとき、たまにやる」
「は──」
まさか軍隊では、こんな狂ったゲームが流行っているのか。目をむいたおれに、違う、とミックが呆れた声を上げた。
「ただの──一人遊びだ」
「……それは」
遊びではなく──自殺未遂、と言うんじゃないのか。
この男は福祉点数が低く、言葉足らずで、思慮深く冷静なわりに変なところで詰めが甘く、交渉スキルはゼロに近い。無骨で不器用、実直な男のはず。理屈の狂ったスリルジャンキーにはとても見えない。ただ暇だからという理由で生命を担保にしたゲームに興じるとは、とても思えなかったのだ。
伏せた目で薄く銃を見やり、ミックがささやく。
「人を殺すのは怖いか」
「当たり前だ」
「そうだろうな」
淡い笑みを浮かべ、銃から目をそらすミック。なんともいえない素振りに、おれは思わず尋ねていた。
「人を……殺したことがあるのか」
「……ああ。十五のときだ」
な、と口が半開きになる。まだ子供じゃないか。それが、どうして。
目を見開くおれに、ミックが小さく笑う。駒を手でもてあそびながら、彼は淡々と話をしはじめた。
「俺は生まれつき、どこかおかしかった。この社会で尊ばれる愛というものが、どうしても理解できなかった。
上手な立ちふるまいができず、自分の感じていることもはっきりわからず、言葉もうまく出てこない。まっとうな態度を取ることに失敗して、何度も他人を傷付けた。福祉点数なんて上がるわけがない。限りなくゼロに近い数値を、ずっといったりきたりしていた」
かすかに目元が歪んだ。それはたしかに、おれが何度も火葬場で見てきた、〝社会不適合者〟の姿だった。
「そんな俺を案じ、〝善い方向〟に導こうと尽力したのは姉だった。ことあるごとに優しい言葉をかけつづけ、不祥事があるたび俺のかわりに頭を下げ、あなたは必ず立派になれると励まし続けてきた──福祉点数の高い、愛に満ちた、慈悲深い理想の姉」
そう語るミックの目ににじむのは、憧憬とも嫌悪とも取れぬ、複雑ななにかが入り混じったものだった。
俺は彼女を受け入れられなかった、とミックは言う。
「いつも突っぱねてばかりで、礼のひとつも言えなかった。それどころか、俺は彼女を疎んでいた。べらべらと薄っぺらな愛を押し付ける姉を、鬱陶しいとすら思っていた」
それは──そうだろう。〝正しい〟愛の形を押し付けられ、それ以外はすべて虚構だと、愛などではないと、他者から勝手に断言される。それほど苦しいことはない。
ミックはためらいがちに息をつくと、その日も同じだった、と小さくつぶやいた。
「いつものように姉は微笑んで、愛と気遣いに満ちた言葉を執拗に投げつけた。俺はそれを鬱陶しがって、腕を掴んですがりつく姉を振りほどいた。いつもと全く同じやりとり、いつも通りの些細な諍い。だが──いつもと違うことが起こった」
なんとなく嫌なものを感じて、おれはくちびるを引き結ぶ。ミックは静かに目を閉じて、駒をもてあそぶ指先の動きを止めた。
「硬い感触と小さい悲鳴。そのあと、すごい音がして。姉は──階段の下で倒れていた。首がおかしな方向に曲がっていた」
「……っ」
「明らかに、過失致死と呼ぶべき状況だった。裁判によっては、故意を認められて殺人罪すら適応されるはずだった」
だが、と低い声で言い、ミックがうっすらと目を開く。その口元がかすかに歪んでいた。
「俺は、なんの咎めも受けなかった」
「……〝十五歳〟だったから──」
「そうだ。あの日はおれが、十六歳──準成年になる誕生日の、十日前だった」
おれはなにも言えない。ミックはただ淡々と言葉を連ね、だが、と掠れた声で言う。
「それでも、俺が殺したんだ。振り払った手の甲に、痩せた肩がぶつかる、硬い感触を。……ずっと覚えている」
絶句しているおれに、ミックはゆっくりと片手を開いた。無骨なてのひらを伏せた瞳が見下ろして、絞り出すように彼は言う。
「……子供だから、なんだ? たった、十日だ。そんなものがなんになる。俺は──裁かれるべきだった」
短いまつげが持ち上がり、現れた眼差しは業火じみていた。激しい視線が、鋭い目が、射抜くようにおれを見る。




