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【完結】さよなら火葬場  作者: Ru
── 第6章 ──

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35 交渉

 気が付けば、とっさにハルカの入ったケースを抱き寄せていた。

 転がったジェームズの死体──そうだ、こめかみを撃ち抜かれて生きている人間などいない──を傍らに、ミックへと向き直る。


 ミックはひとりで、ぼろぼろになっていた。どうやら〝迎え〟との戦闘は大敗だったようだ。

 サイレンサー付きの銃はどこにもなく、無骨な手に握られているのは小ぶりなリボルバーだけ。あちこち怪我もしているようで、足取りはどことなくおぼつかなかった。

 おれは苦い気持ちで口を開く。


「デバイスは捨てたのに、よく追ってこられたな」

「なに……?」


 あからさまに眉根を寄せられて、困惑した。


「GPSを抜いていたのは、おまえらじゃなかったのか」

「違う。だが、うち以外にそんな芸当ができるところは──」


 そこまで言うと、考え込むように口をつぐむミック。どういうことだ。抜いていたのは依頼人側だけ? まさかミックらも、〝迎え〟の正体を知らないのか?


(それに……)


 うち以外に、という言葉。それはつまり、『うちならばGPSは抜くことができる』ということだ。そんなことができる奴らはそう多くない。警察か、あるいは軍隊。


 ミックたちが振り回していた銃は警察に支給されるものではない。今ミックの手にあるリボルバーならまだしも、消音器のついた大ぶりのオートマチックは絶対にないだろう。加えて、小隊長、というミックの呼称がある。


 わざとそう呼ぶことで目くらましをしたとも考えたが、あの『小隊長』の叫びはあきらかに故意ではない、口を滑らしたという感じだった。だったら、答えはひとつだ。


(軍隊──防衛省が出てきている……?)


 しかし、なぜこの件に防衛省が絡むのか、まったくわからない。たとえハルカ・シノサキがガラサだったとして、単なるアンダー発の活動家の死に、軍人が銃を持ってしゃしゃり出てくる理由はなんなのか。


 顔をしかめるおれをよそに、ミックは銃口をこちらに向け、鋭い視線でおれを見る。


「なぜ貴様はここへ来た。この場所は警察も知らないはずだ」


(……なるほど)

 本当に交渉事の下手な男だ。これでミックが警察ではないことが確定した。おれは小さく息を吸い、コントラバスケースの把手をぐっと握る。


「なら、防衛省は知っている、と?」


 ぴく、とミックが眉を持ち上げ、眼光がぎろりとおれを睨んだ。しばしの睨みあいと沈黙のすえ、ふうっ、と諦めたようなため息が聞こえた。


「答えはないだろうが聞いておく。……なぜ俺が軍の人間だと?」


 そんなもの、推察の材料なら腐るほどあった。だが、手の内をわざわざ晒す必要もない。肩をすくめ、軽く言った。


「おれは顔が広くてね。中には親切な人もいるのさ」

 ミックが舌打ちする。

「まあ、いい。こちらとしては好都合だ」


 ぴたりと額に狙いが定められた。ケースを引き寄せ、ぐっと身体に力を込める。ちら、と窓に視線をやった。それを見たミックが淡々と言う。


「あいにくだが。今度は庇の類はない」

「そりゃあ残念だ」


 ここは三階。硬いコントラバスケースごと飛び降りれば、怪我をする可能性が高い。おれの筋骨格だとさすがに死ぬことはないだろうが、負傷で動きがにぶれば、即座に捕まることは必至だ。


(せめてハルカをケースから出せて、なおかつ二階だったなら……)


 くそ、とあたりを見回す。倒れた椅子、ジェームズの死体、飲みかけのティーカップ、ボードゲームの盤に散らばった駒たち。


(ゲームの、駒──)

 気が付けばほとんど苦し紛れに、なあ、と声を上げていた。ぎろりと睨まれ、おれは小さく肩をすくめる。


「あんたも負傷してる。いくら銃があったって、ちっぽけなリボルバー一丁だ。おれとここで殴り合うのは得策じゃないだろ」

「……なにが言いたい」


 静かな低い声。一応は、こちらの言い分を聞くつもりはあるらしい。


「駆けをしないか」


 ちら、と投げかけたおれの視線をミックが追う。尖った眼差しが盤を見て、彼はかすかに眉を寄せた。


「トッカータ……」

「ああ。こいつで、時間を賭けようじゃないか」

「時間だと?」


 途端に低くなった声に、おれはてのひらを広げて突き出した。


「五分だ。おれが勝ったら、あんたは五分間じっとしてる。あんたが勝ったらその逆だ。五分間、煮るなり焼くなり好きにしろ」

「……たった五分で逃げ切れるつもりか」

「なら、三十分くれるとでも? これは譲歩だ」

「貴様は譲歩できる立場ではない」


 その言葉を聞くやいなや、おれは窓ガラスに向かって拳を振り下ろした。反射的に一歩出るミックを前に、ガラスに激突する直前でぴたりと拳を止める。ミックが不機嫌そうに顔を歪めた。


「なんのつもりだ」

「あんたが勝負に応じないなら。ここを叩き割って、ハルカの死体を放り投げる」

「な──っ」

「さぞ目立つだろうな。すぐに黒山の人だかりだ」


 ものすごい顔でくちびるを噛むミック。やはり彼は目立たずに死体を回収したいらしい。とはいえ、こちらもハルカを手放したくはない。この手段はどちらも痛手を負うことになる。それでも、なにもしないよりはマシだ。


 おれの視線に宿る本気を悟ったのか、ミックは押し殺したため息をついた。忌々しげに吐き捨てる。


「……勝負を受けよう」

「感謝するよ」


 なにが感謝だ、と言いたげな顔がおれを睨む。

 素知らぬ顔で窓から離れ、ケースを傍らに下ろすと、おれはさあ、と彼に椅子を勧めた。



 

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