34-01 エンバーミング
「ち、違うんだ、そうじゃない、ただ、私は、私は」
「なにが違う。まさか今さら、単なる知り合いだと?」
目元を険しくして詰め寄ると、ジェームズが頭を抱える。かすれたうめき声。違うんだ、と言い訳じみた言葉が漏れる。
「違う……どうして、あんなことに……私は、私はただ、彼女の言うことを、聞いてやっただけなのに」
かっ、と頭が熱くなった。目の奥に、激情ゆえの圧迫感。ぐらぐらと血が煮立って、頬が燃えるように感じる。
「言うことを聞いてやった……?」
「私は祈った、彼女のために祈った、なのにどうして──」
「ふざけるな」
気が付けば、食いしばった歯の隙間から、殺しきれない本音が漏れていた。おれはぎりりとジェームズを睨む。こみ上げる感情をなんとか制御しようとして、できるだけ冷静な言葉を選ぼうとして、うまくできない。
「……きさまは、子供の自尊心をいいように利用して、彼女たちを搾取したんだ。なにが需要と供給だ、商談だ、幸福なマッチングだ。おまえのしたことは、未熟な精神をいいことに、不安定な自我につけこんで、その肉体を蹂躙した、薄汚い行為に他ならない……!」
「だが、私は、私は彼女のために──」
「祈りを捧げたと? 馬鹿馬鹿しい。そんなのは自分に言い訳してるだけだ。慈悲深い顔で祈ってさえいれば、すべてが許されるとでも!?」
「違う、違う! 私は被害者なんだ!」
「なんだと?」
ジェームズは頭を抱え、激しく首を左右に振った。私は悪くない、とぶつぶつ呟く。おれは今すぐに机を蹴り飛ばしたいのをこらえ、どういうことだ、と低く問うた。
「彼女は……私を強迫したんだ……」
覆った手から顔を上げ、絶望的な表情が中空を見つめる。ぶるぶると指先を震わせ、彼はひきつった声を上げた。
「最初に誘ったのはハルカ嬢だった。私はいつものようにそれに応じた。夢のように素晴らしい時間だった。彼女は気高く、美しく、聡明で──処女だった」
「っ……」
吐き気をもよおす。ジェームズは続ける。
「本当なら、中学卒業から半年以上も過ぎている娘だ。私にすれば対象外だったのだが……過ぎた年齢を凌駕するほど、彼女は素晴らしかったのだ」
ぼんやりした目が辺りをさまよう。ひくっ、と喉を鳴らすジェームズから、しわがれた声がこぼれる。
「清廉で、潔癖で、危なっかしく、妖艶で。痛みをこらえて微笑むさま、濡れたシーツに滲んだ若い血に、この上ない昂りを覚えた。最高の一夜だった。契約は一度だったのに、つい何度も、何度も彼女を求めてしまった。ハルカ嬢は、情けなく謝る私へ上気した頬で微笑んで、いくらでも求めに応じてくれた」
あまりにもおぞましい告白がどうしても耐えられず、ひどい目眩を覚える。ジェームズはうう、と呻くと、弱々しく俯いた。
「だが……夢はあくまでも夢だった。行為の数日後、彼女は私の前にふたたび現れて──一本の動画を見せた。そこには私たちの〝営み〟のすべてが録画されていた」
ぞくりと背が粟立つ。ハルカはわざわざカメラをセットして、自分が組み敷かれた動画を確認して、ジェームズのもとに持ち込んだというのか。
「そしてこう言ったのだ。『魂』の摘出手術をしろ、と」
「『魂』の……?」
──不自然な心臓手術。
意識があるまま胸を開いて、少ないスタッフを全て外に出して、ジェームズだけが残って、なにをしていたかといえば。そういうことだったのか。
「それでおまえは、十五の子供に言われるがまま、違法な手術をしたというのか」
「し、仕方なかったんだ! あのときの彼女は底知れぬ凄みを宿した、鬼気迫る目をしていた……断ったら全ておしまいだ、それがわかったから、私は……!」
(下衆が……)
吐き気じみた憤りに肩をわずかに上下させ、おれはハルカの真意を考える。
子供ながらにつてを探し、処女を売った一部始終を録画して、自分を蹂躙した男を脅して手術を受けさせて。恐ろしいほど苛烈で執拗な──もはや執念と呼ぶにふさわしい行いだ。
なにがハルカをそこまでかきたてた? 〝ガラサ〟を奪われただけで、ここまでするか? 彼女にとってガラサとは、それだけ大きな意味を持っていた、あるいは。
(きみは大人に、それだけのことを、されたのか)
自分を捨てて、身体を売って、たった一人で大人の世界と闘わざるを得ないほどのことを。それがどんなことなのか、想像もできない自分が悔しかった。
ハルカはその身を犠牲にしてまで、なにかをしようとしていた。それは間違いない、けれど。
そこまでしたのに、ハルカは死んだのだ。世界はなにも変わっていない。彼女の死は誰にも知られぬまま、闇に葬られようとしている。
(さぞ──無念だったろうに)
こみ上げる感情をこらえていると、うなだれていたジェームズがぼそりと言った。
「私、私は……耐えかねたんだ。手術後、彼女から連絡は来なくなった。だが……一度応じてしまえば、きっとこのさき一生、私は脅され続ける。だからあの日──ナイフを持って、彼女の家に行ったのだ」
「な……っ!」
じゃあまさか──この男が。
ジェームズが顔を上げ、濁った目がおれを見て、絶句の意味を悟ったらしい。違う、と彼は叫んだ。
「そうじゃない、私は、私は殺していない」
「だが、殺すつもりだったんだろう」
「それは──だが、違うんだ……あの子は私がなにをする前に、目の前で死んでしまったのだ。私じゃない、私じゃないんだ」
ぶるぶると震えながら、ジェームズは得体の知れぬどこかを見つめている。中空をさまよう視線、それがどこか一点にぴたりと定まって、彼はぶつぶつと話しはじめた。




