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【完結】さよなら火葬場  作者: Ru
── 第5章 ──
59/111

29-01 ふたつの敵

 ハルカがガラサだったことはおそらく、間違いないだろう。


 そのハルカは、二ヶ月前──自殺の一ヶ月前だ──に、心臓の手術を受けたらしい。施術病院はレーマー大学附属病院。


 ハルカは病気ではなく、スポーツもしていなかった。心臓を改造する必要などない。それなのに、わざわざ手術を受けたという。そして現在、同病院の心臓外科医がひとり、行方不明になっている。


(……何かがあるんだ)

 口封じ。嫌な単語が脳裏に浮かんだ。


 記憶を引っぱり出す。たしか、おれがプレエンバーミングを紹介した看護師たちはなんと言っていたか。


『ジェームズ先生の残したリストから探して……』

『先月は、長期休暇が楽しみだって仰ってたのに。ジェームズ先生……あんな素晴らしい方が、どうして』


 心臓外科医の名前はジェームズ。ありふれた名だ。だが、レーマー大学病院の心臓外科医で、ファーストネームがジェームズ、なおかつ現在行方不明となると、ほぼ個人は特定されたと言っていい。


(もう少し情報がほしいな)

 それこそハルカのカルテや、手術記録が見られれば。


 ちら、と手首を見下ろした。トビー青年のデバイス。製薬会社社員、それも、新人でありながら、極秘の薬品を扱えるような人間。万に一つでも、可能性があるのなら試したい。


 ハルカのために暖かいガゼボを離れ、公園の木陰に隠れてトビー青年のデバイスを操作する。製薬会社の人間として病院間ネットワークに接続。カルテを閲覧しようとする。だが。


(……ロックされている?)

 はじめは権限の問題かと思った。カルテの閲覧権限は何段階かに別れており、製薬会社の人間でも見られるものもあれば、医師しか見られないものもある。そういった類かと。


 だがそうではなかった。ハルカ・シノサキの名前、その横に記された権限は段階を示すマークではなく、黒く塗りつぶされている。


 他のどの患者にも、そんな記載は見られない。快癒した患者も、死亡した患者も、全ての科の患者を見比べてみた。他病院のカルテすら確認した。権限の違いこそ見られたが、黒く塗りつぶされた患者は一人もいなかった。


 おそらく──レーマー大学病院の医師でさえ、ハルカのカルテは見られないに違いない。かろうじてわかったのはカルテ一覧に表示されている情報のみ。手術日とそれから、執刀医の名前。ジェームズ・ライト。


(やはり、例のジェームズか……)

 自宅に大量の血痕を残して消えた医師。彼はなにを知っていたのか。ハルカの手術には、なにか秘密があったのだろうか。


 これ以上調べるには、もう少し大胆な行動を取るほかなさそうだった。おれは逃走で乱れていた身なりを整え、近くの市民病院へと向かった。

 堂々とした足取りで、関係者用窓口に歩み寄る。


「やあ、こんにちは。カルネアデス製薬の者です。通話機をお借りしても?」


 IDを提示する。グリーンのランプがつく。窓口職員の女性が、わかりました、と微笑んだ。ドアがスライドし、ずいぶんレトロな通話機があらわれる。おれはトビー青年のデバイスを外し、有線で通話機につないだ。認証画面をパスする。


「あの……それは?」


 窓口職員がおれの手元に目を留めた。コントラバスケースを軽く撫で、おれは肩をすくめた。


「プライベートでジャズをしてまして。練習の途中だったんですが、残してきた仕事で気になる点を思い出したので」

「熱心なんですね──あら」


 ちらと画面を見た女性が首を傾げる。あのう、といぶかしむ声。どきっ、と心臓が鳴った。この設定は無理があったかもしれない。


「そのデバイスですけど」

「っ……!」


 とうとうこいつも駄目になったか。反射的に逃げ出そうと脚に力を込める。しかし彼女は、いともあっさりと言った。


「紛失届が出てますよ」

「え」


 盗難届ではなく? おれはトビー青年の顔を思い浮かべ、泣きそうだった声を思い出し──そういうことか、と思った。


(薬の駄賃──)

 あのとき、おれは色々借りる、と言った。そういえばあのときのトビー青年は、呆然と薬瓶を握ったまま、かすかに頷いていた気がする。


 デバイスを持たない生活はあまりに不便だ。紛失届を出せば、別のデバイスが一時的に貸し出される。普通なら、それで過去のデバイスをロックすればいい。

 だが──紛失届こそ出ているが、このデバイスはロックされていない。彼は約束を守ったのだ。


(……思った以上に、義理堅い男だ)

 なんとも言えないものが湧き上がって、おれはかすかに苦笑した。窓口職員が不安げにおれを見上げる。ああいえ、と有線接続されたデバイスを指差す。


「さっき見つかったんです。慌てていたから、紛失届を取り下げ忘れたんですね」

「じゃあ貸し出しデバイスは──」

「それはこっち」


 反対の手首、自分のデバイスを見せる。彼女は納得したように、そうですかと笑った。


「どうりで。二台持ちなんて珍しいと思ったんです。ああすみません、長々と。通話をどうぞ、トビーさん」


 小さく会釈して、おれは通話機に向き直った。レーマー大学附属病院にコールする。すぐにつながった。



 

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