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【完結】さよなら火葬場  作者: Ru
── 第5章 ──

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28-03 マヒナとハルカ

「ハルカ、たまに短い相槌をぽつぽつ返すだけで、黙って私の話を聞いてるんです。私の、普通の家族の話を」

「……」

「一通り、私の話を聞いて。ハルカはすごく静かな声で、こう言いました」


『わたしを支援してるのって、誰なんだろうね。いつまで、こんな暮らしが続くのかな。

 ……ごめん。マヒナに聞いたって、わかるわけないのに』


「──支援者が誰かすら、わからない?」

 うなずきが返ってくる。きな臭い気配。自然、眉根が寄っていた。マヒナが淡々と、ハルカはこうも言いました、と続ける。


『わたし、すごい人になりたい。

 こんな世界は間違ってる。そこらじゅうをうろついてる馬鹿みたいな大人たち、みんなぶん殴ってやりたい』


「そんな言葉、誰かに聞かれたら福祉点数に響くよって言ったら、ハルカは──笑った」


『福祉点数なんて馬鹿な大人が作った妄想だよ。

 ねえ、愛は本当じゃなきゃいけないの。本当の、心からの、尊くて美しいものじゃなきゃ駄目なの。きっとみんな、それを持ってるのに、気付いてないだけなの。絶対にそう。

 でないとわたし、わたしは──』


「それからハルカは黙ってしまって──通話を切りました」


 マヒナがつぶやく。しばらく連絡がないけど、元気かな、とささやき声。友人を案じる無垢な声、そしてハルカの境遇に、おれの胸は痛んだ。


 他者の支援によって暮らしていたハルカ。支援者が誰なのか、それがいつまで続くのか、ハルカ自身はなにも知らなかった。


 ハルカは子供だ。準成年ですらない。ひとりの力で生きることなど許されず、金銭を得る手段はない。それなのに、誰からかも知らされず、いつ途切れるかもわからない、細い糸にすがって生きざるを得なかった。それはきっと──さぞ不安だったろう。


 なにを言うこともできないおれに、マヒナはさみしげに笑って、ベンチにコーヒーを置く。そしてわざとらしく明るい声を出した。


「そうだ。この瞳ですけど」

「ああ──きれいな目だね」


 暗い話題をそらされて、おれはあえてそれに乗る。マヒナは目元を指差すと、ゆっくりとまばたきした。


「ハルカの目、すごくきれいなんです。金色と青色の、透き通ったグラデーション」

「動画を見たよ。きれいだった」

「ええ。私はそれに見とれてばかりだった。そしたら、ハルカは誕生日に、この瞳をプレゼントしてくれたんです」


 だから目を褒められるのは好き、と彼女は言う。心底、嬉しそうな声だった。溢れそうな敬慕がそこにはあった。


(……マヒナ)

 ちら、と彼女から視線を逸らす。ベンチに立て掛けたコントラバスケースの存在が、おれに重たくのしかかる。


 無垢な心で友を慕う少女。その、大切な親友のなきがらは、今ここにある。彼女はなにも知らない。


 マヒナには伝えるべきだと思っていた。だが、ハルカがただの、守られるべき子供ではなかったとしたら。かつてのガラサだったとしたら。余計なことを教えることはできない。知ってしまえば、マヒナも危ない。


 おれは黙るしかなかった。罪悪感が静かに胸を刺した。


「ハルカが言ってました。外見とは武装であり、意思表明なんだよ、って」

「じゃあ、彼女はパーツ交換をよく行っていた?」


 内心を押し殺し質問を続けるおれに、くすりと笑って首を振るマヒナ。彼女は遺伝子に愛されていましたから、と言う。


「瞳以外はしていなかったと思います──あ、でも」

「でも、なんだい」

「二ヶ月くらい前かな。心臓の手術をしたって聞きました。わざわざレーマーの付属病院まで行ったって。驚いて、スポーツでもはじめたのって聞いたけど、違うよって笑って。病気でもないみたいだし……あれ、なんだったんだろう」


(不自然な心臓手術──それもレーマー大学病院で? なにかの手がかりか?)

 心の中に情報を刻み込む。すみません、話がそれましたね、とマヒナは笑った。


「とはいっても、これ以上あまり話せることはないんですけど」

「そうか──ああ、彼女、SNSとかは?」

「前はやってましたけど」

「前? 今はもう」

「私の知る限りでは、してないですよ」


 ほら、と彼女がデバイスを見せてくる。SNSの画面だった。名前はただのアンダーバー。青を基調とした背景、同色のシンプルなアイコン。おれはさっと視線を走らせ、アカウントのIDを記憶した。


「もう、ただの跡地です」

「そうみたいだね」


 一年半前に投稿がすべて削除された、という記録のみ。書き込みはひとつもなく、残っているのは自己紹介の短い文言だけだ。だが。



『わたしは愛を信じたい

 あなたの底に眠る、美しいものを信じたい

 心からの、本当のことを話したい

 それ以外、いまは何もいらない』



 炎のように真摯な言葉。与えられた情報と、彼女の過去。その全てが胸の中で形を成して──おれの底で、静かな確信がささやいた。


 今のガラサから失われたものを、この子は持っている。きっと、ハルカこそがガラサだったのだ。


(そうか……きみが)


「コートニーさん? どうしましたか」

「ああ……いや、なんでもない。そうだ、きみのアドレスを聞いてもいいかい。取材の連絡用にね」


 マヒナと連絡先を交換する。おれが提示したアドレスはさっき図書館で作ったばかりの、どこからでも確認できるフリーアドレスだった。


 万一デバイスが使えなくなったときのため、マヒナを示す文字列を記憶に刻む。顔を上げ、そうだ、と彼女に呼びかけた。


「最後にひとつ聞いていいかい」

「なんですか?」

「ハルカ・シノサキの──誕生日は」

「え? ああ、それならつい先日ですよ。たしか──」

「……そうかい」


 告げられた日付に、おれは目を伏せる。

 それはたしかに、彼女の逝去日の翌日だった。


 彼女はやはり、あと一日で十六歳──準成年になれたのに、自らそれを手放したのだ。命を絶つことによって。


(ハルカ。きみは一体、なにを思っていた? どうして死んだ。大人になる前に)


 別れたマヒナの後ろ姿が、ゆっくりと遠ざかっていく。三つ編みの後ろ姿を見つめ、コントラバスケースにそっと手を乗せた。ベンチに置かれたマヒナのコーヒーはまだ、少しだけ残っている。おれは静かに目を伏せて、若き革命家であったハルカを想った。



 

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