26-02 ガラサとの対話
困ったな、と椅子にもたれかかったとき、ポン、と通知ウィンドウが出た。どうやらリアルタイム検索で新しいヒットが出たらしい。
見てみれば、ガラサのSNSがダイレクトメッセージの受付を開始した、という情報だった。人々の生きた声を聞くため、定期的にではあるが、直接メッセージを受け付けているらしい。タイミングが合えば返事が来ることもあるのだという。その返信は、悪意ある編集さえしなければ自由に公開してもよいのだとか。
ガラサのことを知りたければ、〝本人〟に聞くのがいちばん早い。駄目元でひとつ話しかけてみるか、とおれはSNSに接続した。アカウントは持っていない。少し迷って、試しにトビー青年のIDでアカウントを作ってみると成功した。驚く。
(ロックされていない──いまだに盗難届を出していないのか)
だが、無理もないことだろう。デバイスに頼り切った現代人が、それなしに届けを出すにはかなりの手間がかかる。物理ペーパーでの手続き方法すら知らない人がほとんどの上に、デバイスがなければどこでどう手続きをすればいいのか、調べることすらおぼつかないだろう。気の毒なトビー青年、今ごろ彼はてんやわんやに違いない。
(恨むなら、依頼人や強奪者、それとガラサを恨んでくれよ)
心中でうそぶき、文面を考える。匿名のアカウントだ、このIDが製薬会社社員のものであることなど、誰にもわからない。とはいえ、いちおうの体裁として医療関係者のふりをすることにした。
ガラサへのメッセージは殺到するに決まっている。そうそう返事が来るとも思えない。どうせ博打だと、内容もそこまで練り込まず、思いつくままに文字を連ねた。
『僕は医療関係者です。火葬とは愛がない、身勝手で独善的な埋葬だとあなたは言います。もちろん、僕もそう考えています。
ですが、現実というものについて、最近とみに考えさせられます。
医療の世界に片足を突っ込んでいると、いろいろなものを見ます。火葬を選ぶほど世の中に絶望してしまうケースは実際に存在していて、彼らの気持ちがわかってしまう自分がいるのです。
人は幸福に死ぬために生きるのだと僕は思います。
社会が進化し、愛と幸福が世に等しく普及しないかぎり、いくら禁止されたとしても火葬はなくならないのではと思います。あるいは、たとえ強制的に火葬を禁じたところで、他のどこかで、似たような形の歪みが生まれるだけではないでしょうか』
思いつきの文章ではあったが、後ろ半分は本心だった。推敲もせず送信する。
調べごとを再開して、数分後だ。ポン、と通知が鳴った。SNSのDM受信。まさか、と思い開くと、そこには青い炎のアイコンがあった。
メッセージをありがとうという挨拶に続いて、ガラサの言葉が書かれていた。
『あなたは現実というものをなにか、過大で強大で不条理な、無情で恐ろしいものだと捉えてはいないか。あなたの身の回りにある出来事と、オーバーネットで見かける〝社会の動向〟を、切り離して考えてやいまいか。
そのふたつが地続きの、シームレスな現実世界なのだということが、質量を伴ったリアルとして感じられないからこそ、あなたはそんなにも苦しいのではないか。
あなたは無力を感じている。世界など変わらないと思っている。
だからこそ、いま、あなたが、行動すべきなのだ。
社会に幸福を、ひいては愛を普及させる責任は、あなたも等しく持っている。人は幸福に死ぬために生きるのだと、あなたは、行動をもって証明すべきだ。
勇気を持ってほしい。あなたの身の回り三十センチの出来事はすべて、大きな世界に直結している。どんな些細な行動でも、蝶の羽ばたきが嵐を起こすかもしれない。だからこそ、諦めてはならない、足を止めてはならないのだ。
理想というのは遠く輝く星のようなものだ。永遠にたどり着けないと思うかもしれない。しかし、それでも、歩みを止めてはならない。たとえ到達不能な理想でも、そこへ至る道を、歩み続けることにこそ意味があるからだ。
どうかあなたも、まっすぐに星を見据え、真の愛へと至る道行きで、足を前へ送り続けてほしい。わたしは心より、それを願っている。
──愛を込めて ガラサ』




