26-01 ガラサとの対話
図書館の、閲覧用の個室は狭い。据え置きデバイスを操作して、おれは眉間にしわを寄せた。
画面には膨大な量のデータが並んでいた。視界に繋いで直感的に操作できればいいのだが、ここの端末では不可能だ。図書館はフリーアクセス、認証を必要としない。その代わり、セキュリティのためだろう、有線接続以外は使えない仕様だった。
人目を避けて落ち着ける場所で、なおかつ認証を使わずに調べごとができる場所はここしかない。そういう意味では正解だったのだが、狭い物理画面のみで膨大な情報を処理するのがここまで手間だとは思わなかった。
「さすがに目に来るな……」
大きくのびをすると、腕がなにかにぶつかる。ぐら、と倒れかけた影に慌てて手を伸ばした。おっと、と受け止める。影の正体──コントラバスケースの重みが、てのひらにずしりと衝撃を伝えた。
「悪い」
小さく告げる。
おれはそっとコントラバスケースを机に立てかけ直した。
ハルカを連れて、ここまで辿り着くのは難儀だった。ライブハウスの裏手で身を潜めて、男たちが遠ざかるのをじっと待った。人の気配が近付くたび壁の隙間や車の下に隠れ伏し、なんとか彼らをまいたと思われたときだ。
がちゃ、と鍵が回る音がした。びくっ、と背が跳ねた。ちょうどおれが扉の真横に座り込み、息を整えているときだったのだ。慌ててハルカの背にコートをかぶせた。
ドアが開くのと同時に、ハルカの腕を肩に乗せ、抱き合うふりをする。裏口から出てきた人物が、バンのトランクを開ける。彼はおれたちに気づいたようだった。
「なあおい、やめろよこんなところで」
笑み混じりに、しなだれかかるハルカの死体へ語りかける。人目をはばからぬ恋人をなだめつつ、しかし乗り気を隠せない、という演技。バンからサックスケースを取り出した男はちらとおれを見て、気まずそうに裏口へ戻った。どうやらジャズバンドらしい。
もう何人か、同じバンドのメンバーらしい男女が出てくる。おれはかまわずハルカの腰を撫でた。甘ったるい口調で少女の耳元に声を吹き込み、たまに低い笑いを漏らしたりしてると、彼らは呆れた目で楽器を持ってライブハウスに消えた。
幸い、相手が子供で、なおかつ死体だとはばれなかったようだ。しかしあまり長居すると通報されかねない。ふう、とハルカから身を離した。
死んだ息子と同い年の子供に、演技でもこんな真似をするなんて。罪悪感といたたまれなさが、ひしひしと押し寄せる。悪かった、と反射的に口にして、しかし複雑な気持ちになった。この子供はおれから火葬を取り上げる、ガラサかもしれないのだ。
顔をしかめ、まだ確定じゃない、と思い直す。そろそろ移動しなければ。視線を走らせた時、バンのそばに放置されたケース類が目に留まった。その中には巨大なコントラバスケースもあった。ケースの下部には運搬用のキャスターがついている。
おれはふむ、と考え込むとあたりを見回した。人の気配はなかった。幸いにして、コントラバスケースに鍵はかかっていない。使わない手はないだろう。おれはケースの蓋に手をかけた。
子供だろうが死体は重い。キャスター付きケースは妙案だった。検問も歩行者だとすり抜けやすい。赤い点が散らばる地図と睨めっこしながら迷路のように街を抜け、なんとかここまで来ることができた。
できた──のはいいのだが。
(ろくな情報がないな……)
図書館ネットワークから、ここ一年半の新聞やニュースに検索をかけた。ガラサに関するものを片っ端から当たったものの、量が多すぎる。しかもガラサの活動場所はアンダーの下部、完全匿名層が中心だ。上澄みが中心の図書館ネットワークからでは、どうにも探りが入れづらい。
小一時間画面と睨みあってみたものの、ガラサについては謎ばかりだ。オーバーでも大した情報は出なかった。アンダーに至っては、ほとんど都市伝説みたいなデマばかりだ。
個人的なことはすべて不明。国籍も年齢も性自認もわからない。どの媒体でもプライベートは一切語らず、わかるのはその理想と主張だけ。恐ろしいほど徹底している。




