23-02 カーチェイス
薄暗い空間に、デバイスの光だけが浮かんでいる。おれはデバイスを操作して、視界に表示される車窓の風景をじっとにらんだ。
ドライブレコーダーからの映像だけを頼りに、車を操作するのは骨が折れた。どうしても荒っぽい運転になる。だが、すでに身を隠したことをごまかすためにはしょうがない。
ウィンドウを複数立ち上げ、前後の風景を確認しながら運転する。しばらく運転していると、どうやらアンテナ車がおれを見つけたようだ。後方に、黒い枝のようなものが見え隠れしていた。あいだに挟まった数台を抜こうと、左右にゆらゆらしている。
(あまり露骨で雑な運転をすると、点数が引かれるぞ)
そんなことを気にする輩でもないだろうが。さっき三十点以上も引かれたことを思い出し、うなだれきったトビー青年を思い浮かべる。恨むならこいつらを恨めよ、と心中でうそぶいた。
精度の低い運転を繰り返し、検問を避けつつ、だんだんと人気のない方へ向かっていく。できるだけ、追い詰められた末の動きだと見せかけた。ウィンカーを、出してはすぐに引っ込めてみたり、同じ道をぐるぐる回ってみたり。地図とフロントモニターとバックモニターを確認しながらの遠隔運転、しかもブラフ付きとなると、なかなか大変だ。
しかしその甲斐あって、彼らの動きはだんだんと露骨になっていった。やや強引な動きで車線変更と割り込みを繰り返し、着々とこちらに近付いてくる。
そして、空いた二車線の道に出ると、奴らは一気に距離を縮めてきた。モニターの中でフテラの姿がみるみる大きくなる。ウィンカーの点滅。横並びになる気配。おれはようやく、詰めていた息を吐いた。
運転席にはもちろん誰も乗ってはいない。助手席も、後部座席もだ。ただ背後から気づかれては困るので、トビー青年の荷物でそれっぽい人影を作っておいた。
やっとこいつが囮だと気付いたらしい。白いフテラが慌ててターンするのが見えた。対向車を押し退けるように引き返していくアンテナ車。ここからだ。
おれはデバイスを操作し、安全装置を緊急解除する。モニターを注視しながら、勢いよく方向転換した。タイヤが派手にこすれ、車体が傾く。なびくアンテナの後ろを、今度は製薬会社の車が猛然と追いかけはじめた。
カーチェイスと呼ぶにふさわしい行為だった。
けたたましいブレーキ音と荒々しい運転がふたつ、冬の街を駆け抜ける。アンテナ車はうっとうしそうにおれを振り切ろうとするが、なんとか食らいつく。三十秒限定の安全装置解除を何度もかけなおし、福祉点数を湯水のように浪費して、法定速度を知らせる警告ランプを無視する。
おれはあちこち曲がるフテラを追いかけ回し、食らいつき、後ろから何発か、派手にぶつけてやった。つんざくような警告が鳴り響く。もちろん、これも無視だ。
とうとう苛立ちがピークを迎えたらしい。モニター越し、フテラから身を乗り出す人物が見えた。鷹の目の男だった。ものすごい形相をしている。狭い裏路地に駆け込むフテラを追いかければ、鷹の目が銃を取り出すのが見えた。
いくら人気のあるところに誘導しても、相手が無人機なら無駄だと思ったのだろう。ぱっ、と無骨な手元が明るくなる。反動で、男の手がかすかに後ろに跳ねる。途端、がくっ、と車体のコントロールがきかなくなった。タイヤを撃たれたのだ。
続けざまに二、三発。車体が左右に揺れ動く。完全に足を潰された、と悟ったときにはもう、鷹の目はフテラに身を滑り込ませていた。
制御を失った車体が回転する。あっ、と思う間もなかった。斜めから壁に突っ込む。金属が潰れ、建築材が砕ける音。フロントガラスにひびが入る。もうもうと黒煙が立ち上る。
映像が途切れる寸前、最後に見えたのは、逃げるように去っていくフテラの姿だった。
けたたましいアラートにノイズがまじりはじめ、警告ランプの色が薄くなり、電波が途絶えたことを示すアイコンが表示される。暗闇が訪れる。それきり──無音。
一分ほど待つ。
しいん、とした静寂があった。おれは大きく息をつく。
そして、勢いよく天井を蹴り上げた。ガン、と蓋が跳ね上がる音。まばゆい光が目を焼く。思わず目を細めた。ゆっくりと身を起こす。
辺りには──ひどい黒煙と、瓦礫による埃が立ち込めていた。ハルカを抱いたまま、おれはなんとか隠れ場所──車のトランクから這い出す。
「……ひどいありさまだな」
壁は壊れ、ボンネット周辺が完全にひしゃげていた。車体から燃料が流れ出し、今にも引火しかねない。煙もひどい。何度か咳き込んでしまった。
上空を見上げる。濃色の煙が、まっすぐに立ち上がっている。煙とにおいで人が集まるのも、時間の問題だろう。
幸い、彼らはおれがとっくに車から離れたと思っている。今のうちに身を隠した方がいい。
おれは細い身体を抱きなおし、足早にその場を駆け去った。




