表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】さよなら火葬場  作者: Ru
── 第3章 ──

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/111

20-02 脱出

 迷ったおれはサンプルを手に取り、息を整える。窓辺に歩み寄った。下を見ると、ちょうどトビー青年が植え込みの前でうなだれていた。まだここにいたのか。


 窓の真下、青年の側には庇が長く張り出している。それはかすかに傾斜して、目立ったふちはないようだった。

(なるほど)

 振り返って金庫を見る。大仰な警報機が付着した、小ぶりな金属箱。これなら。


 おれは金庫を床に置いた。いくらでもある棚の一つに手をかけ、力を込める。ずん、と重量が一気に腕にかかる。強化された筋肉が悲鳴を上げる。それでも力を込め続ける。ようやく軋みを上げながら棚が傾いた。


 できた床との隙間に、おれは金庫を蹴り込んだ。手を離す。

 ゴッ、と鈍い音がした。面白いように金庫がひしゃげる。歪んだ扉から中身が転がりだし、瞬間、けたたましい警報音が鳴りだした。


 数秒だけ、ふたたび息を整える。潰れた金庫のそばに、指輪ケースくらいの金属箱が転がっていた。角が九十度に立っていて、素材はおそらくエルビンだ。ダイヤモンドの八倍硬いという新素材が、うっすら淡く光っている。


(こっちのほうが、よっぽど〝極秘〟っぽいな)

 それだけ思うと、おれはまだ荒い息のままサンプルを手に取った。耳鳴りがしそうなほどの警報が鳴り響いている。これなら、追手は必ず寄ってくるだろう。


 少しして、予想通り、扉の外から聞き覚えのある怒鳴り声がした。鷹の目の男だ。あと二人もいる。十二分に引きつけた。そろそろ頃合いだ。


 おれは腕を振りかぶり、勢いよく窓を叩き割ろうとした。

 バアン、と耳が割れるほど大きな音。だが──窓はびりびりと震えるばかりで、まったく割れる気配がない。強化ガラスにしたってとんでもない強度だ。


「──嘘だろ……!?」


 慌てて背後を振り返る。鈍い音とともに、ドアを塞いだ棚がかすかに揺れていた。破られるのも時間の問題だ。


 おれは焦って、低めのラックで窓を殴りつけた。割れない。くそ。棚をふたつ動かしたあたりで、腕の筋肉に限界がきたのか。よりによってこんな時に。


 轟音とともにドアが揺れ始める。畜生、と視線を走らせる。横たわったハルカの死体、その少し離れたところで、エルビンのケースがきらりと光った。

(あ──)

 おれはとっさにケースを拾う。ぴんと立った角の部分を窓ガラスに押し当て、滑らせた。耳に痛い音とともに、ガラスに線が入る。


(これで駄目なら、諦めどきだ……!)

 ラックを再び振り上げる。思い切り殴りつける。耳に鋭い破壊音。


 今度こそ、窓ガラスが割れ落ちた。ぱらぱらという音とともに、庇の上を破片がきらきら滑っていく。同時に、背後で棚の倒れる派手な音。


 おれは慌ててハルカを抱き上げると、窓枠に足をかけ、ためらうことなく四階の外へ飛び出した。酩酊にも似た浮遊感がおれを包んだ。




 落下とともにドッ、と身体に重力がかかる。きつくハルカを抱きしめる。衝撃を逃すように庇の上を転がり、また落下。


 再び一瞬の浮遊感。直後、身体に衝撃と痛みが走った。ばきばき、と枝の折れる音。それきり、静かになる。数秒の静寂。


 植え込みの上に落ちたおれは、ゆっくりと身を起こした。十年ぶりに活躍した強化骨格があちこち軋む。幸いにして、折れた部分はなさそうだった。


(芸は身を助く、とはこういうことか……)

 スタントをやっていて良かった。こんな経験は二度とごめんだが。


 頬が切れたらしい、つっ、と血がしたたる感触。ぐいと親指で頬を拭うと、おれは腕の中を見下ろした。

 ハルカは静かにそこにいた。ああ、と彼女の肌や髪からガラス片を払いのける。傷はない。なにも知らない、安らかな死に顔がここにあった。


「よかった……ごめんな」


 安堵のあまり、ぎゅう、とハルカを抱きしめる。さらさらした髪に鼻先をうずめる。今度は助けられた、そう思った。胸のうちが切ないような、充足したような、うまく言えない不思議な感覚で満ちていた。


 ふーっ、と長く息を吐き、顔を上げる。すると、地面にへたりこんでいるトビー青年と目があった。目をまん丸にして、腰を抜かしているようだ。

 おれは小さく笑う。ハルカを抱きかかえ、立ち上がった。


「悪い。デバイスを間違えた」


 白々しくもそう言うと、青年の手首を取る。彼は呆然とされるがままだった。デバイスを取り、代わりに新薬サンプルを渡してやる。


 え、え、とサンプルとおれを交互に見る彼をよそに、おれは駐めっぱなしの製薬会社の車を見つめた。少しだけ考え込む。


 手首につけた他人のデバイスを、ふむ、と見つめる。そしておれは、いつまでも呆けている彼に歩み寄ると、指紋と虹彩を勝手に拝借し、デバイスのロックをすべて解除した。


 彼のデバイスに加え、自分のそれも身につける。両手首にデバイスを巻きつけたおれは、当たり前のように青年の車の鍵を開けた。


 可能な限り丁寧な手付きで、助手席にハルカを座らせる。シートベルトをつけてやる。


「じゃあ──薬の駄賃だ、いろいろと拝借する」


 それだけを告げると、おれは運転席に身を滑らせ、ためらうことなく車を発進させた。バックミラーの中で、取り残された青年が、少しずつ小さくなっていった。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ