19-02 駆け引き
おれの笑みに、男は小さく息をつく。そして顔を上げると、再びの〝説得〟をはじめた。
挑発と反発をぺらぺらと語りながら、おれは今までに得た情報を頭の中でまとめていた。
冷静な男だ。肉体的に非常に優位にあるにも関わらず、警戒を怠らない。性格は不器用。実直。質実かつ無骨。言葉足らずだが愚かではなく、どちらかといえば思慮深い。人と接するのは苦手。嘘はうまくない。我欲より義務のために動く男。
そこまで考えて、次に進める。
では──こういう人物が、とっさの事態に重要なものを隠すとしたら?
十五歳の少女の自殺死体、ということは考慮しないだろう。こういう男は情緒的な付随情報を拾わない。ハルカはあくまでも、『曲げられはするがベースは縦長で、重量がそこそこある、よく曲がって自立しない、むき出しにすると目立つ荷物』として扱われていると考えていい。
この男のことだ。無理を押して院外へ持ち去ったり、迂闊に見つかるような場所に放置した可能性は低いだろう。それなりに効率的、かつ効果的な場所に隠したはずだ。
(長くて重くて、自立しない物質──)
思慮のため、自然、視線が下がっていく。床の上まで落ちた眼差しが、ふと、部屋の隅をとらえた。
立ち込めた霧のせいだろう。壁と床の境界で、床のふちがめくれ上がっている。滅菌マットを敷き詰めてあるのだ。
(マット……そうか)
ふと、さっき警備員から聞いた〝世間話〟が脳裏に蘇った。
『日に一回、マットの交換業者が来るんですよ。彼ら、とにかくそこら中のマットを交換して回るものだから、認証がひたすら大変で』
『衛生面だから仕方ないとはいえ、ものすごい手間ですよね』
『ええ。権限のない部屋やエレベーターのマットを変えるとき、本当は病院の職員が立ち会わなきゃいけないんです。けど、いちいちやってられないってことで。「マットを持った人間を見たら、どんなドアでも開けてやれ」それだけが徹底されてて、実際は誰も見張ってないんですよね』
『それ、まずくないですか』
『めちゃくちゃまずいです。……ははっ、これ、さっきと逆ですね』
『いや、笑い事なんです?』
『警備の管轄外なので、もう笑うしかできなくて……。でもまあ、カメラもマイクもありますし、IDは全部ここで控えてるんで。なにかしたらその日のうちに身元ふくめて即バレますから。誰もバカな真似はしませんね』
──つまり、だ。
マットさえ持っていれば、この病院内はどこでも出入り自由ということだ。
そしてマットは、長くて重くて自立しないもの、という特徴にぴったり当てはまる。
(ということは……)
ハルカは、マットにくるんで運ばれた可能性が高い。
ルートとしてはおそらくこうだ。ストレッチャーごと運び出された死体は、遺体用エレベーターに乗せられたと考えられる。このエレベーターなら、誰かと乗り合わせる可能性が非常に低いからだ。
エレベーター内で大きいマットにくるんでしまえば、死体は〝見えなく〟なる。あとは院内なら自由に持ち運べるはずだ。他のマットと合わせて運び出すことも不可能ではない。
おれは会話をするふりをして、さりげなくデバイスを起動した。現在時刻を見る。警備員から聞いた、業者の出入り時刻はあと五分ほど先だった。
仮に死体を持ち出すなら、そのタイミングで業者にまぎれて出してしまえばいい。たった五分後だ。強奪者も、先走らず機を待つだろう。
つまりあと五分間は、死体はまだ院内にあると見て間違いない。
「いい加減、はぐらかすのはやめろ。なにをどこまで知っている」
「さあな。当ててみたらどうだ。おれのことなら何でもわかるんだろう」
「それは──詭弁だ」
「自分で言ったことだろう」
笑いながら、方針を考える。五分しかないのだ。闇雲に探し回っても仕方ない。死体の場所がわからないことには動けなかった。かといって、のんびりしている暇もない。
(今、この男から聞き出すしかないか)
だが、素直に尋ねて話すわけがない。口を滑らせるように仕向けるのがいいだろう。
死体の場所などとっくに知っている、という体で喋り、それを信じ込ませることができれば、こいつもその前提に乗って話し始めるはずだ。その会話が推理の材料になる。
おれは会話と身振りでごまかしながら、デバイスから院内の案内図を立ち上げた。視界の上に図面がかぶさる。男の提案に迷うようなふりをして、地図に視線を走らせた。
(とにかく、マットがあってもおかしくない場所だ)
せめて二、三箇所はアタリをつけたほうがいい。その上で条件を絞っていくべきだ。
本当にマットさえ持っていればどこにでも出入りできたのなら、行動範囲は無制限だ。しかし、マットを置いておける場所、となるとさほど多くない。
普段からマットのある場所に置いた、という可能性がもっとも高いが、入れ違いで本物の業者に持ち去られる危険性もある。あえて違う場所に置いたかもしれない。
そこまで考えて、おれは軽く肩をすくめてみせた。
「話はいいが、その前に換気がしたい。こんな毒霧の中じゃ、話すものも話せない」
「悪いが応じられない」
「それは困ったな」
さりげなさを装って、ちらりと窓とドアを盗み見る。気付かれること前提の仕草だった。案の定、男が片眉を持ち上げる。
「……どこへ向かう気だ?」
「そうだな、あんたなら知ってるんじゃないか」
「まさか──」
死体の行き先を知っている、と暗に示せば、男はかすかな驚きをにじませた。軽く匂わせた程度で察するのだから、それなりに想像力はある男だ。なら、つけこむ余地はある。
「おい。情報源はどこだ」
「簡単に話すわけがないだろう」
やんわりと内通者の可能性を提示する。男は苛立ったように舌打ちした。
おれははぐらかすような会話を続けつつ、おまえたちの手の内くらい知っている、としきりにアピールした。彼はおれの言葉に気を取られている。その隙に館内図を一つずつ切り替える。確認はすぐに終わった。




