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【完結】さよなら火葬場  作者: Ru
── 第3章 ──

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19-01 駆け引き

 よろめきながらも立ち上がったおれに、鷹の目の男は驚いたようだった。予想通り、銃を持っている。銃身が長く見えるのは消音器か。いかにも人を傷付けるのに効率的な、不格好な武器だった。


「……あの状況から、よく立ち上がったな」

「スモークには慣れてるんでね」


 男が目を細めた。白くもやもやした室内で、彼は平然と立っている。先立って中和剤を使っているのだろう。


「彼女はどこだ」


 低く問えば、ため息まじりに銃をつきつけられた。〝霧〟が効かないため、実力行使に出たといったところか。

 黒光りする銃身が、まっすぐに心臓を狙う。


「悪いが偽物じゃない。確かめてみるか」


 銃口がゆっくりと動いた。耳のあたりを狙っているのだろう。さぞ目が覚めるだろうな、とおれは思う。肩をすくめ、ふらつく脚にぐっと力を込めた。


「あいにくだが、眠気覚ましは間に合ってる」

「そうか」


 銃口が心臓に戻った。ためらいのない仕草だった。

 眠気覚ましはいらない。正直、強がりだった。眩暈、息苦しさ、ひどい酩酊感。こんな状態で、まともにやりあっても勝ち目はない。そもそも向こうは武器持ちだ。


 己の手ぶらを悔やむ。だがすぐに思い直した。この男はどう見ても、鍛え上げられた、闘いに慣れた人間だ。おれのような役者くずれとは身体の使い方が違う。武器など意味はなかった。


(それに)

 もとよりおれの武器は、そんな類ではないはずだ。

 本番前、震えながら息を吸って、いつも念じていた。観察しろ、考えろ、演じろ、そして観客を操れ。緊張をこらえて手の甲を三度叩いて、良くできた嘘で人を騙す。いつだって、おれにできるのはそれしかなかった。だったら。


 眩暈をごまかすように唾を飲み込み、目の前の男をじっと見る。観察する。

 短く刈り込んだ髪。鷹のように鋭い目。高い身長と厚い胸板を支える、がっちりした脚。時間をかけて作り込んだ人間の身体だ。生半可なトレーニングではない。訓練、と呼ぶにふさわしい鍛え方だ。魅せるための身体ではなかった。


 彼の視線はおれに定まっているが、張り詰めた気配は周囲すべてを警戒している。落ち着いた、用心深い男だ。


 そのとき、ふと気付く。男の口の端が、わずかに引きつっていた。喋り疲れたのだ。

(……なるほどな)

 本来の性質は無口で、多くを話すことに慣れていない。無骨な男。

 男が目元に力を込めた。吊り上がった目が細くなる。


「いくらじろじろ見ても無駄だ。隙を作ると思うか」

「不躾で悪かったな。なにぶん育ちが悪いもので」


 火葬場育ちを言及すると、ひくりと彼の眉が持ち上がった。顔をしかめ、軽く銃口を振る仕草。


「それとも、そんなにこいつが珍しいか」

「当たり前だ」


 この愛が問われるご時世に、人殺しにしか使えない道具なんて見たことがない。おれは薄く目を細め、黒光りする金属を見つめた。


 銃を握る手付きはまったくぶれていない。断言的な口調からも、人を撃つことにためらいはないだろう。

 だが、淡々とした語り口からして、私情のために銃を使う男ではない。正義のために撃つ男でもない。おそらくは命じられた〝仕事〟のため。無骨で実直な、義務と責任によって動く人物だ。


(敵にするといちばん骨が折れるタイプだな)

 おれがいつまでも黙っているからか、男がおい、と呼びかけた。


「銃が気になるのはわかるが、俺の話を聞いてもらおうか」

「すまないね。つい物珍しくて」


 ふらつきを懸命にこらえ、せいぜいふてぶてしく笑う。男は本題を切り出してきた。


「なにを知っている。大人しく話せば、悪いようにはしない」

「嘘をつくな」


 おれはもうもうと霧を吐き出す機械を指差し、長身を睨み上げた。


「変な薬をばら撒いて銃を突きつけておいて、そんな言い分が通ると思うか」

「……命までは取らない」


 わずかに眉を寄せ、答える男。どうやら嘘は苦手なようだ。おれは即座に吐き捨てた。


「そんなもの。どうせ〝知っている内容〟次第だろう」

「……」


 おい、そこで黙ってくれるな、と思う。その沈黙は、もはや肯定も同然だった。男が矛先を変える。


「だったら。話の内容によっては、違法化後も火葬を続けさせてやる。悪い取引ではないだろう」


 侮辱的な持ちかけに、かちん、ときた。あれだけ人のことを偽善者だの安っぽいヒロイズムだのとこき下ろしておいて、今さらなにを言うのか。


 というかここは、『命までは取らない』を保証すべき場面だろう。これでは『いい目を見せてやってもいいが、知っている内容によっては殺す』と言っているに等しい。交渉としては確実に0点だ。


「どうした」

「……いや」


 淡々とした問いかけは、自分の失言にまったく気付いていないようだった。怒るより、むしろ呆れが出てくる。


 この男、人の気持ちを察する能力は非常に低い。それどころか、自分の感情すらうまく感知できないのではないか。本人は普通にふるまっていても、冷酷に見られがち。福祉点数はかなり低い。交渉事どころか、コミュニケーションそのものに難がある性質。


 さっきおれを籠絡しようとした手腕はおそらく、ただ決められたマニュアル通りに行ったものと思われる。だが、それで効果が出ていた以上、無能というわけではなさそうだ。


 言葉数は少ないものの、発声時のためらいのなさから、頭自体もそこまで悪くない。小難しい言葉で煙に巻いたり、感情を揺さぶらせてつけこむのは難しいと見える。


 おれがこんなことを考えているとはつゆ知らず、男は少しだけ声音を柔らかくした。


「今のうちに話した方が身のためだ」

「やさしく言われているうちに、か?」

「そうだ。そんな足元で、ここから逃げられると思うか」


 ちら、と視線を落とされて、おれは自分の足がまたふらついていることに気付く。ぱし、と小さく太腿を叩いて力を入れ直した。笑ってみせる。


「どうだか。案外、薬で脳のストッパーが外れて、火事場の馬鹿力が出るかもしれない」

「冗談を」


 半分はたしかに冗談、しかし残り半分は本気だった。背の辺りがふわふわして、脳の抑制が取れている感じがある。一方で、頭の中は不思議なほど冴えていた。


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