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【完結】さよなら火葬場  作者: Ru
── 第3章 ──

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18-02 失意と奮起

 目の前が、もやもやと白んでいる。踏みしめても踏みしめても足の裏が判然としない。背後から忍び寄ってくる、淡々とした低い声。


「貴様は大切なものばかり選んで取りこぼしてきた。世間から追われ、人の目から逃げ、火葬場に閉じこもった。せめて死者を救おうと火を燃やしてきたのに、また、子供の死体ひとつ守れなかった」

「……そうだ」


 そして今。なにもできないまま、なにも知らず、誰にも知られず、白く冷えた霊安室の片隅で殺されようとしている。本当に、無様だった。


 上げていた両手が、だらりと垂れていく。諦めのような声が漏れた。


「おれを……どうするつもりだ」

「それを聞いてどうする」

「心の準備くらいさせてくれ」


 食いしばった奥歯から、なんとか力を抜こうとして、失敗する。ここで終わりか。罪人にはふさわしい最期だった。


 ふ、と背後で息をつく音。押し当てられたものが背をのぼり、首の後ろ、頚椎に押し当てられる。ひんやりとした硬さ。おれはきつく目を閉じた。


 しかし、予想した終焉はやってこなかった。とん、とん、と冷え切った金属が、首の後ろでリズムを刻む。なぶる動きにしては妙に単一的だった。叩く動作に合わせ、なあ、と呼びかける声。


「なんのために火葬をする? 金にもならない。社会的地位もない。周りから蔑まれ、礼を言われることなど一度もない。それでも死体を燃やすのはなぜだ? 哀れなものを救うためか? それは本当だったのか?」

「おまえには──わかるのか」

「わかる」


 そうだろうな、と思った。とても寒い。目の前がかすんでいる。


「貴様の行動原理はあの時からなにも変わっていない。──『自分と同じ境遇の人を救う』──貴様にあるのはそれだけだ」

「……」


 ああ、この男はなんでもわかるようだ。まるで神様みたいだ、思ったらおかしくなってきた。

 半笑いでそうだ、と答えると、泣きたくなったか、と返された。そうなのかもしれない。


「本当に救われたかったのはお前だ」

「ああ」

「あの時はたまたま虚構を欲していた。今は社会からの解放を欲している。だから与えようとした。自分の欲しいものによって、救う相手をその都度乗り換えていく。貴様はそれだけの男だ」

「……そうだ」

「社会的弱者を救済しているつもりだろう。だが、貴様のそれは安っぽいヒロイズムにすぎない」


 とん、とん、と叩かれるたび、冷たい金属に皮膚がひくりと縮こまる。白い冷気はおれをすっかり包みきって、指先がしびれるように寒い。震える呼気、その最後に意味をなさない声が出る。抵抗じみたその音を拾ったのか、背後の男は断罪のように言った。


「なぜ彼らが生きている間に、なにもしてやらなかった?」


 そうだ、できることはいくらでもあった。なのにおれは、なぜかそれをしなかった。物理的に不可能では、決してなかったはずなのに。


 怖かったからか、逃げたかったからか、目を背けたかったからか、しょせん嘘だったからか、あるいは、その全てが理由か。どれにしたって、ひどい偽善だ。


「取り返しがつかなくなってようやく後始末に出てくるだけのヒーローに、なんの意味がある?」


 意味なんてない。ただ、おれが自分に言い訳をしたかっただけだ。誰かを救っているつもりになって、自分が救われる夢を見たかっただけだ。こんなもの、なんの役にも立ちやしない。


「そう。なんの意味も価値もない」

「……意味も、価値も、ない……」

「そうだ。だが──まだ間に合うと言ったら?」

「──え」


 その言葉で、脱力しきったまぶたに、かすかに力が戻った。とん、とん、と痛いほど冷えた金属の感触にまざって、耳のすぐ後ろ、誘うような声がする。


「貴様は多くのものを取りこぼしてきた。後手に回って、守りたいものを守れずに、終わった悲劇の尻拭いばかり続けてきた。だが、まだできることがあるとしたら──どうする」


 取りこぼした多くのもの。大切だった人たちの顔が胸を荒らした。リツキ、リディア、祖父。守りたかった人たちだった。


 自然、声がこぼれる。

「……今からでも、間に合うのか」

「間に合う」


 迷いもためらいもまったくない断言だった。信じてもいいのかもしれないと思った。この声が言うのなら、本当の気がする。だってこいつは、おれのことを、とてもよくわかっている。忍び寄る、麻薬じみた低い声。


「今からでも人を救える」

「……おれは、救えるのか」

「そうだ。どんな尊いこともできる」

「……本当に、か」

「ああ。だから──知っていることを全て話すんだ」


 そうか。まだ、おれに救えるというのか。もう過ぎ去った人たちではなく、まだ、間に合うはずの誰かを。


(今からでも救うべき、誰か──)


 ふっと、ひとつの姿が胸をよぎる。青いリボン、絹のドレス、痩せた手脚に長い髪。誕生日の前日に命を絶った子供。


 そのとき。会ったことなどないはずなのに、青と金の瞳が、まっすぐにおれを見たような気がした。




 

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