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【完結】さよなら火葬場  作者: Ru
── 第3章 ──

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18-01 失意と奮起

 気が付けば見下ろしていた靴、その周りに白っぽい冷気がたゆたっている。背中の感触がとん、とん、と嘲るようにおれを叩いた。


「あれほど大仰な理想を語っておきながら。無様だな、シヅキ・J・ロウ」


 なにも答えられなかった。その通りだからだ。


「かつての名優が、今はこそこそ死体焼きか。法令が施工されたらどうする気だ?」

「……おまえの知ったことではない」


 それはどうだろうな、と背後の声が低く笑った。ひくりと喉が鳴る。


「どういう意味だ」

「俺は貴様を知っている、ということだ」

「ずいぶんとはったりが上手だ」


 強がりを言い返す。後ろから、低い笑い声。わざとらしい嘲りが、じゃあもう少し知っていることを話そう、と言った。眉根が寄る。


「生憎だが、スリーサイズならもう十年は測ってな──」

「死者を救ってるつもりだったんだろう?」

「な……っ」


 咄嗟に、言葉が出なかった。言い当てられたのは初めてだったからだ。

 リディアですら、おれが火葬にこだわるのは遺族のため、あるいは社会に対する贖罪と責任のためだと思っているふしがある。それを、会ったこともない人間が、いとも簡単に──


(……こいつらは、おれのなにを調べた)

 冷や汗が背を伝う。心臓が、さっきとはまた別の形で嫌な音を立てる。


 ただ事実を集めただけじゃなかった。おれという人物に対して向けられた、明確な推察と分析。それだけの手間をわざわざかけたのだという事実。致命的な厄介事──その重みが、肩のあたりにのしかかってきた。


 鷹の目の男が告げる。


「孤独な人を、せめて優しい虚構で救いたい。つかの間でいいから慰めてやりたい。嘘だとわかった上で、それでも美しい夢を見せたい。彼らに勇気を与えたい」

「……思ったよりよく喋る男だ」


 ほとんど負け惜しみじみた、逸らすような台詞しか言えなかった。それは確かに、人前では一度しか語らなかった真実だった。


 足元にわだかまる冷気が、ひたひたとのぼってくる気配。よくわからない酩酊じみた感覚が、焦りと入り混じって思考を空回りさせる。

 こいつらはおれを知っている。おれのことを良くわかっている。なにか言わなければならない。だが、なにを。


「立派な信念だ。だが……」

 低く重い声が、同一のトーンで淡々と告げる。

「人を救うと言いながら、貴様は実に多くのものを取りこぼしてきた」

「知ったようなことを──」

「誰もが知っている。俺だけじゃない」


 斬るような即答。おれは視界がゆがむのを感じた。息が浅くなる。なんだか妙に寒い。なんの感情も乗らない、静かな声が背後から忍び寄る。


「貴様の行いを、過去の過ちを、大衆はすべて見てきた」

「そんなもの……ただの、アンダーにばら撒かれた中傷の寄せ集めだ。真実じゃない」

「みんな知っている」

「話を聞け」

「大勢が貴様を見ている」

「嘘だ、人は自分のことにしか興味がない」

「みんな貴様が嘘つきだと知っている」

「うるさい、人なんて大なり小なり──」

「貴様の話は嘘ばかりだった」

「違う」

「人を救うと語ったが、嘘になった。妻子を守ると誓ったが、嘘になった」

「それは」


 責めも咎めもしない、ただ告げるだけの冷淡な声。一定のリズムで、独白のように語られる言葉たちが、奇妙な眩暈をつれてくる。足元があやうくなる錯覚。冷気が、鼻の奥に染み込んでいく。目の底がくらくらする。


「貴様は多くのものを見過ごしてきた」

「多くの──もの」

「より身近で大切なものほど、本当に守るべきだったものほど、貴様は救うことをしなかった。そうだろう」

「そんな、ことは──」


(──身近で、大切だったものほど……)


 足元がやけに冷たい。白いもやのようなものが、おれをひどく寒くさせる。

 なにかが、ゆっくりと傾いていくのがわかる。ひとりでに下がっていくまぶた、その裏に、浮かんだのは痩せたリディアの後ろ姿だった。それから、青い壁紙を背景に吊るされた、車のモビールと──手前に映る、ひどくぼやけたシルエット。


(……リディア)


 じわじわと、なにかがこみ上げてくる。みじめで、みじめで、たまらなくて、ねじ切れてしまいそうだった記憶。おれを侵食するどうしようもない諦念。そうだ、美しいことなど、もう二度と。


「……おまえの、言うとおりだ」


 気が付けばとうとう、おれはそうつぶやいてしまっていた。





 

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