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【完結】さよなら火葬場  作者: Ru
── 第3章 ──

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17-02 過ぎ去りしもの

 気が付けば、目の前の男を殴り飛ばしていた。

 顔の骨が折れるほどの重傷だったと後で聞いたが、そのときは夢中だった。


 二度、三度と殴りつけ、高そうなデバイスをもぎとって、院内地図を見る。おれはうめきながら足首を掴んでくるケイジ・ニューマンを蹴り飛ばすと、真っ白い病棟を走った。


 汚染遺体の保管室は厳重にロックされていた。だが幸か不幸か、少し前におれはスタントのため、全身の骨格と筋肉を交換していた。


 椅子だの植木だのでドアを破壊して、蹴破って──そこからの記憶は判然としない。


 あとで聞いた話だが、おれはスタッフ数人に怪我を負わせ、保管庫の扉を蹴り壊し、リツキの遺体を強奪したらしい。

 かすかに覚えているのは、冷え切った灰色の死体袋を抱えて、ひたすら走っていたことくらいだ。


 どうやって来たのかはわからない。ただ、気が付けばおれは、二度と帰りたくなかったはずの場所へ来ていた。祖父の火葬場だった。




 祖父はなにも聞かなかった。ちらと息子の遺体を見やると、黙っておれに椅子を勧めた。旧式のコーヒーメーカーのスイッチを入れた。


 一滴ずつドリップされるしずくを見つめながら、祖父はずっと黙っていた。


「……炉を貸してほしい」


 空を見つめてつぶやくおれに、祖父はたった一言、そうか、と答えた。

 コーヒーを飲んだかどうかは覚えていない。気が付けば炉の準備は整っていた。


 開け放った炉の前で、息子を収める決心がつかず、立ち尽くす。

 焼いてしまえば、もう二度と顔を見ることができない。冷えた身体に触れることも叶わない。


(それでも──)

 そこまで考えたときだった。外がにわかに騒がしくなった。


 聞いたこともない祖父の怒鳴り声。ものが倒れる音、複数人の足音たち。なんだ、と思った瞬間、扉が跳ね開けられて、警官たちがなだれこんできた。


 息子を抱きしめ、立ちすくむおれの目の前で、祖父が倒れ込む。警官に組み伏せられながら、圧迫にかすれた声で「その子を助けてやれ」と祖父はうめいた。


 奪われそうになる息子のなきがら。目の前で馬乗りにされる祖父。どちらを助けるか、おれは迷った。迷って、結局、すべてを失った。


 おれは息子を焼いてやることも、祖父を守ることもできなかった。遺体は処理され、祖父は公務執行妨害で逮捕された。もちろん、おれ自身も。




 助演役者として、それなりに名が売れていたことが不幸だった。


 おれの〝非人道的な〟行いはセンセーショナルに取り上げられ、大炎上。

 昼も夜もなく鳴り響く通知音、無記名の誹謗中傷、物理的精神的に投げつけられる批判行為、信じていた人々から叩きつけられる荒々しい拒絶の言葉。


 気が付けば事故そのものの報道は片隅へ追いやられ、オーバーもアンダーも、おれへの批難一色で染まっていた。


 地獄のような日々だった。人の醜さ、狡猾さ、えげつなさ、容赦のなさ、正義という言葉の持つ中毒性、この社会が愛と叫ぶものの正体。すべてを、骨身にしみて思い知らされた。


 裁判の結果は、執行猶予付きの有罪判決だった。おれは自身の身体が強化されていることを知りながら、多くの人間に暴力をふるったということで責任を強く問われた。どんな罪に問われても構わなかった。


 けれど最終的に、祖父の懇願によって、おれは実刑を免れた。

 腰と手に枷をつけられた祖父は、法廷でまっすぐに顔を上げてこう言った。


「私のしたことはわかっている。どんな咎も受けよう。だが、あの子は傷付いている。……傷付いているんだ」


 判決を受け、おれはリディアとも離婚。晴れて独り身の前科者となり、周囲から白い目で見られながら、火葬場で隠遁生活を送ることとなる。



 そういう──つまらない話だ。




 

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