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【完結】さよなら火葬場  作者: Ru
── 第3章 ──

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15-01 回り道

 白衣や術衣がちらほら行き交う通路のすみで、おれは院内案内図をじっと見つめていた。


 関係者専用口からそのまま霊安室を目指せればよかったのだが、なにぶん場所がわからない。


 トビー青年のデバイスには関係者用の見取り図が入っていると思われたが、万一エラーを吐かれると厄介だ。このデバイスはいざというときの保険、活躍すべき場面はここではない。

 結果、案内図を探して無駄に歩き回る羽目になった。


 あまり使われた気配のないタッチパネル案内をまじまじと見る。関係者通路のパネルではあるものの、霊安室は載っていなかった。だが、大病院にはだいたい、衛生面や利用者感情を考慮した遺体用エレベーターがある。霊安室はその近くが多い。


 おれはパネルを操作した。一階と二階以上とで見取り図に差がある。

 おそらくは欠けた部分が〝見せられない〟場所だ。そのすぐそばのエレベーターが遺体用と考えて、まず間違いないだろう。


 一階の欠けた部分は正面入口の正反対、大学との連絡通路のすぐ横だった。霊安室はこの近辺と見てまず間違いない。このまま関係者通路を行けば、さほど時間はかからないだろう。霊柩車の搬入口もすぐそばだ。脱出も難しくはないだろう。

 おれは移動を開始した。


 予想通り、隠されたゾーンにはエレベーターがあった。ドアの色が他と違う。清潔感のあるグリーンのドアには、他目的の利用を防ぐためだろう、大仰な認証ロックがついていた。


(これは無理だな)


 製薬会社のIDで開くとは思えない。何気なく通り過ぎようとした時、ポーン、と高い音がした。


 エレベーターから一台のストレッチャーが運び出される。付きそう看護師たちは顔色を変え、なにかを話し合っているようだった。よほど切羽詰まっているらしい。おれに気付いてすらいないようだ。


「このまま安置室に運んで、それからどうするんだ」


「誰か知り合いに心臓外科医はいないの?」


「いたらとっくになんとかしてる!」


「ジェームズ先生の残したリストから探して……」


「あれは使えないって言いましたよ!」


 ひどく剣呑な空気だった。耐えかねたように、ひとりの看護師が声を詰まらせる。


「先月は、長期休暇が楽しみだって仰ってたのに。ジェームズ先生……あんな素晴らしい方が、どうして」


 涙じみた落胆に、一同がそろって俯く。別のひとりが苛立った声を上げた。


「手配担当はなにをやってるんだ。ご遺体の状態が変化してしまったらそれまでなんだぞ!」


「だからって、今朝から急にじゃ見つかりませんよ!」


「けどだな──」


(そういうことか)


 例のニュースを思い出した。大量の血痕を残して失踪した医師は、どうやらここの心臓外科医のようだ。遺体から『魂』を摘出できるのは心臓外科医のみ。人手が足りないのだろう。


 ストレッチャーを見ると、横たわっているのは老いた男の遺体だった。痩せさらばえ、髪は薄くまだらになっており、表情には長い闘病の苦痛が伺えた。


(……)

 目元が勝手に歪んでいく。顔に残った苦悶のせいだろうか。どことなく不器用そうな老夫に見えた。祖父の死に顔に、少しだけ似ていた。


 イツキ・E・ロウ。

 おれを育て、おれを守り、おれが看取って、おれが焼いた人だった。




 祖父と言ってはいるものの、戸籍上、彼はおれの父親だ。

 年が離れすぎているため、普段は祖父ということで通していた。


 今どき珍しい無戸籍児の赤ん坊を、引き取ったのが壮年のイツキ・E・ロウだ。おれは幼くして火葬場の息子となり、〝反社会的な〟仕事をする家で育った。


 周囲には家業をひた隠しにしていた。火葬のことがばれないか、いつも怖かった。友人などできるわけもない。おれはいつも一人だった。


 家に帰ってもそれは変わらなかった。祖父は無口で無愛想で、なにを考えているのかまるでわからない。


 入れ替わり立ち替わり死体が運ばれる家の中、笑わない祖父と暮らす日々。

 反社会的な人間ばかりが訪れ、ときに物騒なことすら起こる火葬場は、およそ子供のいるべき場所でなかった。頼る大人も信じる相手もおらず、おれはずっと孤独だった。


 自分が生きていられるのは祖父のおかげだ。それはわかっている。わかっているのに、受け入れることができなかった。


 だからおれは、〝自分を生かすのは奉仕の愛だ〟と思うことにした。


 祖父の与えるものの背後には、社会が提唱する福祉がある。奉仕の愛の理念がある。

 だから、おれを生かしているのは祖父ではなく、祖父に福祉を行使させる社会そのものなのだと思おうとした。そうすることでおれは安心して、祖父に反発できたのだ。


 子供の理論だった。それでも、必死だった。養育者に愛されなくてもおれは生きていける。そう信じるため、幼いおれは社会を利用した。


 ずいぶんとひどいことも言った。それでも、祖父は一度も反論しなかった。

 それはおれへの無関心ゆえだと思っていたが、なんのことはない。祖父はおれを愛していたのだ。


(ただ、それだけだったのに)




 

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