14-02 潜入
そこからは、簡単だった。
世間話のついでを装い、警備の仕事について色々と聞き出す。こちらが秘めた内心を吐露したということで、彼のガードは緩んでいた。
秘密の代価は同等の秘密、というのは定説だ。言葉の端々から、あるいはもっと直接的に、彼はあれこれと漏らしてくれた。
ちょっとした職務上の秘密──といってもほんの少しのサボりやよくある暗黙の手抜き、同僚のつまらないミスなどだ。普通なら問題にならないほど他愛ないものが大半の、だがおれにとっては金脈に等しい情報だった。
どこも大変ですよね、と同情を示しつつ、情報を心に刻み込む。ずいぶん喋ってもらったついでに、ハルカについても聞き出すことにした。
「そうだ、ここまで聞いたらいっそこれも聞いておきたいんですが」
「なんでしょう?」
左右をちらりと見回し、ふたたび顔を近付ける。無防備に寄ってきた警備員に、おれはそっとささやいた。
「……さっき友人の親族が、ここへ運ばれたと聞いたんです。ひどい声だったから心配してるんですが、ぼくも仕事中でしょう。それで無理矢理トビーに代わってもらったんです。友人はこういう吊り目の、なんというか、眼光鋭い男なんですが……」
彼は得心したようにうなずいた。
「ああ。あの方たちですか」
見たんですかと尋ねれば、更衣室に向かう途中で、と返ってくる。しかしすぐに彼は声の調子を暗くした。
「残念ですが……助からなかったようです」
「そんな……」
「というか……もう、死亡確認の搬送だったらしくて。心肺停止してから長かったとかで、蘇生措置すらできなかったみたいです。あんな若い女の子が可哀想に」
まるで自分のことのような痛ましい表情。それをそっくりトレースして、あの、と語りかける。
「友人は──大丈夫でしたか」
「……ご家族さんも、もう覚悟できてたんでしょうね。淡々とした感じが、逆に痛々しかったですよ」
「そうですか……」
おれは考えた。ハルカ・シノサキは救急に運ばれた。そこで死亡が確認された患者、という設定なら、通常は霊安室に運ばれるはずだ。
レーマー大学病院への〝お迎え〟はしたことがなかったが、どこの病院も霊安室はだいたい、一階霊柩車専用口のそばにある。そして霊柩車専用口は、患者の目に触れないところ──大学病院なら大学との隣接部など──にあることが多い。
とっさにデバイスで衛星写真を呼び出そうとして、他人のものだと思い出す。まだデバイスは触らないほうがいい。不便だが仕方ない、移動時に見た景色や、案内板などから推測するしかないだろう。
おれはちらりと時刻を見るような仕草をする。
「──ああ、つい話し込んでしまいました。友人はまだいると思うので、ちょっと顔を見てきます」
「ええ……そうしてあげてください」
自分のことでもないのに、警備員はつらそうな顔をしていた。〝愛のある〟道徳的な人間なのだろう。福祉点数も平均点くらいはありそうだ。
「あなたが気に留めてくださって、きっと友人も救われます。ですが、あまり沈んだ顔をなさらないでください。亡くなった娘さんも、それは本意でないでしょう」
「……そうかもしれませんね」
眉を下げて微笑む警備員へ、おれは少しわざとらしく笑いかける。
「ああ、ぼくも身体が二つあればいいんですけど。友人が心配なのに、経理とシステムの揉め事にまで巻き込まれて」
最悪です、とわざと軽い口調で愚痴をこぼしてみせた。警備員もそれに乗って、気を取り直したようにくすりと笑う。
「あなたも大変ですね」
「ほんとですよ。一刻も早く偉くならなきゃ」
「はは、頑張ってください。社長就任の際は、うちを警備に雇ってくださいよ」
「それはもう。SPをお願いします」
冗談ばかりの会話を交わし、ひらひらと手を振る。同じ動作を返されたのを最後に、おれは扉へと身を翻した。
そのとき、どん、と肩に衝撃。すれ違いざま、人にぶつかってしまった。とっさに謝る。やたら背の高い男だった。じっ、と睨まれる。ものすごく目付きが悪い。
絡まれては厄介だ。おれはあいまいに笑い返した。男は無言でこちらを見下ろしていたが、返事もせずにふいと視線を逸らす。それきり、さっさと院内へ引き返してしまった。
(すみません、くらい言えばいいものを)
今どき珍しい態度だ。しかしまあ、今は極力、他人と接触したくない。ある意味ちょうど良かったとも言える。
おれは気を取り直し、窓口に戻った警備員に会釈すると、堂々と院内へ足を踏み入れた。




