14-01 潜入
少し遠くから入口を見やる。やる気のなさそうな中年男性が、警備窓口に座っていた。
しばらく観察していたが、ソーシャルゲームでもしているのだろう。彼はデバイス操作に夢中だ。たまにちらりとID照合ランプの色を見るくらいで、顔などは確認せずほとんどの人を通している。これなら、さっと入れば問題ないだろう。
おれは大股で歩み寄り、窓口でIDをかざした。ポン、とグリーンのランプがつく。そのまま中へ行こうとして、しかし。
「──ただいま戻りました。どうぞ、休憩行ってください」
交代で、若い警備員がやってきた。中年がデバイスから顔を上げ、おう、と笑って立ち上がる。若者は制帽に手をあて、おれに会釈すると椅子に座った。
薄青い瞳が照合画面を確認する。すぐに微笑みがおれを見た。
「……すみません。ちょっと待ってくださいね」
腰を上げる警備員。心臓が、嫌な感じにぎくりとする。彼はにこやかに窓口から出てきた。さりげなく入口ドアを塞ぐ位置に立たれ、穏やかな微笑み。これは──まずいか。
「このIDの持ち主であるトビー・ブラウンとあなたは、別人と見受けられますが。どういうことでしょう?」
動揺が沈黙を呼ぶ。さっき見ていた限りでは、照合機に、顔写真の表示はなかったはずだが。その疑問に答えるように、警備員はうっすら目を細めた。
「彼とは顔見知りで。世間話くらいはする仲なんです」
くそ、運がない。どくどくと心臓が鳴る。おれは平静を装って、頬を苦笑の形にした。
「やあ、トビーがいつもお世話になっているようで。ぼくは同僚のイアンと言います」
「ご同僚……ですか」
ええ、と頷き、ちらりと照合機を見やる。
「うち、取引先病院に出入りする専用のIDがひとつあって、部署内で使いまわしてるんです」
堂々と嘘をついた。そんな馬鹿な、という顔をされ、おれは表情を切り替えると大きなため息をつく。
「要は管理費をケチったんですよ。ほんっと下らないですけど」
わざと思い切り吐き捨てるように強調する。警備員の瞳に、かすかな興味が宿った。彼はちら、と左右を見回し、声をひそめる。
「……それ、まずくないですか」
「……めちゃくちゃまずいです」
顔を近づけ、同じ声のトーン、同じ表情で返した。ついでにちょいちょい、と指先で手招きする。彼が近付いたのを見て、さらに声を低くした。
「実はシステムと経理の仲が悪くて。システムは頭を下げたくないんでしょうね。どこでもあるじゃないですか、そういうの」
ひそひそと、〝げんなり〟をにじませて囁く。すっかり信用したらしい。警備員はうわあ、という顔をした。おれはひょいと身を離し、ため息まじりに肩をすくめる。
「馬鹿みたいですけど。でもぼくの立場じゃなにも言えないんですよね。しがない中途採用二ヶ月目なんで……」
ああ、と納得の表情をされた。だから顔を知らなかったのか、と思ったらしい。そういうことです、とばかりに頷く。困ったように笑ってみせた。
おれは口元の笑みはそのままに、不意に眼差しの奥に真剣さをにじませる。唐突に声のトーンを落とし、冗談半分、残りはかなり本気、という声音を作って、言った。
「あの──ぼく、いずれ出世して改革に乗り出すので」
いきなりの真摯な声に、警備員は目を丸くする。おれの表情をじっと見た彼が引き込まれたことを確認し、すとん、と肩の力を抜く。目元をやわらかくする。
「……なので、今のところは黙っててください」
最後にそれだけを苦笑交じりにささやき、そっと微笑んだ。ぱちぱち、とまばたく警備員。わずかな沈黙ののち、ぷっ、と彼が吹き出した。
「あなた、面白い人だなあ」
「そうですか?」
「本気で自社に革命を起こす気でしょう」
「ばれましたか」
しれっと言う。彼はますますおかしそうにする。
「ははっ、二ヶ月目の人がする顔じゃないですよ」
「ひどいなあ」
おれは指先で頬をかくと、照れたように笑ってみせた。警備員も肩を揺らし、くすくすと笑う。その顔に警戒心はもう見られなかった。




