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【完結】さよなら火葬場  作者: Ru
── 第2章 ──

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11-02 火葬依頼人

『ご助力できませんでしたこと、残念に思います』


 そう言って通話を切ろうとしたとき、ああそうだ、と依頼人がついでのように声を上げた。


『今後のために聞いておきたい。フィーニク火葬場では、インフィニティの棺を使っているのかな』


 もっともメジャーな棺のメーカーだ。正直にはいと答えそうになったが、ある可能性に思い当たって、とっさにいいえと言う。


「バイオライフです」


『おや。ずいぶん良いものを使うね』


 電波越しの声は低く柔らかで、いっそ穏やかなくらいだったが、底の方には妙に冷たい響きがあった。言外に、どうせ燃やすのに、という意図を感じる。おれはむっとしたくなるのをこらえた。


「故人さまが最後に休まれる場所ですから」


『しかし、バイオライフじゃ払えない依頼人も多いだろうに』


 その通りだった。事情持ちが集まる火葬場では、死体を持ち込むのは高い棺を買いたがらない奴らばかりだ。だが、それを言ってしまえば嘘がばれる。


「コース料金に含まれておりますので」


『なるほど、だから明細には書いていなかったと』


「さようでございます」


『では普段から水色の棺を?』


 ひく、と喉が動いた。やはりか。

 ハルカ・シノサキの棺はバイオライフの水色だった。

 どうやらやってきた三人のうちの一人、あの男は安置室に来たとき視界を録画していたらしい。録画中を示す音は聞こえなかったが、こいつらならデバイスの違法改造くらいお手の物に違いない。

 ドアの隙間から開いた棺が見えたのだろう。緊張に手のひらがしめるのを感じた。


「いえ。普段は白がほとんどです」


『ほとんど』


 淡々とした、確認の声が妙に恐ろしい。おれは頭を全力で働かせ、必死でそれらしい言い訳を並べる。


「ええ。以前、カラー棺の特注がありまして。発注の関係で余りが出たので、水色と紫を予備として保管してあります。ですので、その二色でしたらすぐにご用意できますが」


「……」


 依頼人がふっつりと黙り込んだ。全身に嫌な汗をかく。嘘とごまかしを悟られたら終わりだ。頼むからなんとかなってくれ。


 祈りながら耳を済ませる。耐えかねて唾を飲みこんで、そのときようやく、ふむ、と満足げな吐息が聞こえた。


『なに。とても良い対応をしてくれたと聞いてね。人に紹介するときの参考にしよう』


「あ……ありがとうございます」


『いや、こちらこそ。良い葬送ができた』


 表面上は非常に愛想のよい喋り方、だが全く心がこもっていないことがわかった。台本通りの台詞を、抑揚をつけて喋っているだけ。さっきのAIの方がまだよっぽどまともに話す。むらむらと不快感がこみ上げてきた。


(なにが良い葬送だ)


 子供を一人、焼き消そうとしたくせに。

 どうせおれのことなど、不都合な死体を始末してくれる業者としか思っていないに違いない。火葬を冒涜するにもほどがある。


 しかしおれは感情をぐっとこらえ、お役に立てたこと幸いです、と言った。それから二、三の挨拶を交わし、通話は切れた。


 耳に当てていた手が、力を失ってシートに落ちる。全身が虚脱し、はあーっ、と長い息が出た。


(……心臓に悪い)


 本当に、早くなんとかしなければ。やつらに消される前に、ストレスで勝手に死んでしまいかねない。


 おれは両手で顔を覆うと、もう一度深くため息をついた。流しっぱなしだった報道の続きが聞こえてくる。AIはまだ医師の失踪を告げていた。


 ゆっくりと顔を上げる。窓の外を整然とした景色が流れていく。むやみやたらと美しい都市だった。


 愛を謳う現代社会、それでも血なまぐさい事件がゼロになることはない。

 相互扶助に満ちた理想郷、美しき奉仕の愛。しょせんは下らない幻想だ。美しい利他主義を叫びながら、誰も彼もが自分のために動いている。


 生者は醜い。愛という上っ面の一皮をむけば、皮膚の下にはどろついたものが渦巻いている。いくら愛を唱えようが、人間の本質など、そうそう変わることはないのだ。


 AIの声がにわかに明るくなった。


『次のニュースです。アンダーネットから生まれた愛の革命家、ガラサ。彼の影響を受け、その志を継ぐ若者たちが、新たなグループをいくつも作り始めています』


 ぱっと表示されるのは青い炎のアイコン。

 それに並んで、さまざまのアイコンが表示される。どのアイコンにも炎の意匠が入っていた。どうやらガラサの後発品みたいなものらしい。


『それぞれの主張は違うものの、愛を第一に掲げる彼らが、新世代のリーダーとして切磋琢磨しあうことを期待する声が上がっています。若者による愛の革命、その炎はどこまで広がるのでしょうか。それではアンダーの声を紹──』


 こみ上げる苦々しさに通信を切った。


(なにが革命だ)

 おれは愛など信じない。救うべき者を救いもせず、愛だ奉仕だとばかばかしい。


 火葬場に運ばれる、見捨てられた人々を思い出す。

 この社会が提唱する愛は彼らを救わない。福祉点数の低さゆえに遠ざけられ、愛がないと拒絶され、孤独と絶望のすえに人生を終え、死してなお肉体を利用される。そんな搾取のどこが相互扶助なのか。


 虐げられた彼らの、最期の抵抗が火葬意思表明書だ。みじめに死んだ彼らを弔い、解放できるのは火葬だけ。おれは彼らを送ってやらなければならない。


(そのためには、一刻も早く死体を見つけなければ)


 気持ちを引き締め直す。おれはナビの設定をいじると、いつまでも混んだ国道から裏道へと進路を変更した。




 

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