11-01 火葬依頼人
車を走らせながら、おれは深く息をついた。
シートに深く身を沈め、自動運転に切り替える。ハンドルがゆっくりと回転するのを見つめて、眼鏡をずらすと眉間を揉んだ。
(どういうことだ)
マヒナの言ったことが嘘だとは思えない。
だが、車が一箇所に留まり続けたのは予想外だった。
普通、死体を盗み出したなら、一刻も早く移動して〝荷物〟を降ろしてしまいたいはずだ。
とっくに降ろしたあとだった、というのも考えたが、ピンの地点とフィーニク火葬場のあいだに死体を降ろしても良さそうな施設は見当たらない。途中でどこかに寄って降ろしたとは、経過時間からしても考えづらかった。
鷹の目の男が通話相手に怒っていた、というのも考えると、なにかトラブルがあったと考えるのが自然だろう。好都合だった。運が良ければ追いつけるかもしれない。
それが無理でも、手がかりは手がかりだ。駄目ならまた周辺で聞き込みをすればいい。
(今日一日だけで、嘘と出まかせがとんでもなく上達しそうだ)
十年近く、ろくに人と話さなかった日々からすれば驚くべき進歩である。もっとも、身元を偽り、嘘で固めての会話など、進歩と呼べるかどうか甚だ疑問だが。
(……まあ、生者と関わりたいわけでもない)
正直、進歩だろうが退化だろうがどうでもよかった。
ふー、と息をついて腕組みする。どうも道路状況がよくない。流れが悪く、思ったより時間がかかっていた。
おれは交通情報を聞こうとインパネのチャンネルをつける。だが、繋がったのは報道チャンネルだった。十年前の設定がそのままになっていたようだ。
AIが報道を読み上げる声が聞こえてくる。
『……を行っています。警察の発表によると、行方のわからない医師の自宅から、今朝、大量の血の痕跡が見つかったとのことで──』
血なまぐさい報道に思わず眉根が寄った。よくこんな内容を淡々と読み上げられる。さすがは機械音声だ。
報道内容に興味はひかれたが、今は交通情報のほうが先だ。チャンネルを切り替えようとした、そのとき、不意に電子音が鳴り響いた。
見たことのないID。おれはかすかに逡巡して、通話をつないだ。
「はい。フィーニク火葬場です」
『──サトウ・タナカの火葬を依頼した者だ』
耳に当てた手が、ぴくっと反応する。ともすれば上ずりそうになる声を抑えて、おれは決まりきった返事をした。
「お世話になっております。火葬料金を入金いただけたのでしょうか。申し訳ございませんが、領収書の発行はもう少々お待ちいただけますか」
『それはいつでも構わない。いくつか質問したいことがあってね』
淡々とした声。背筋が冷たくなる。おれは引きつった笑みで、いかがいたしましたか、と答えた。〝依頼人〟が言う。
『サトウ・タナカ──彼女の形見にする予定のものがあったのだが。先ほど遺品の確認をしたら、生前に処分されてしまっていたようでね』
困っているのだよ、と彼は言った。薄々流れが見えたが、黙って続きを促す。
『なんでもいいんだ。〝焼け残ったもの〟はないか』
「……いいえ」
そう答える他にない。
遺品だの形見だのは嘘だろう。おそらく彼は、『魂』の焼け残りを気にしているのだ。
『やはり無理か。なら、少しでもいい、形見になりそうなものはないだろうか。いっそ書類でもかまわない。彼女に関わるものが、一つも残っていないんだ』
「心苦しいのですが、すでに処分を終えた後でして」
『そうか。それは……残念だ』
巧妙に無念を装った声だった。
「お力になれず、申し訳ございません」
『いや、君は君の仕事をしただけだ。……ありがとう』
ふう、とため息が聞こえてくる。なんとかかわすことができたのだろうか。おれは詰めていた息を吐く。




