10-01 マヒナ・ルル・サリヴァン
「──マヒナさん?」
背後からそっと声をかける。長い三つ編みがひらりと翻った。浅い褐色の肌、黒い髪をきっちりと三つ編みにして、紫色の瞳が控えめに瞬いている。
マヒナ・ルル・サリヴァンはいかにも真面目そうな、大人しい目をした少女だった。
乱れのない、カタログ通りに着こなした制服。真っ白い靴下、きちんと磨かれた靴。警戒心を見せた表情が、なんでしょうか、と返事をする。
おれは少し逡巡して、さっきから繰り返した言い訳を口にした。
スカウトだと言うとマヒナはさらに警戒した顔をする。自分のような子はそういう対象ではないとわかっているのだろう。
変に期待を持たせてややこしくすることもない。おれは名刺を引っ込めると、探し人がいてね、と笑った。
「ハルカ・シノサキって子なんだけど」
彼女の名前が出た瞬間、マヒナの瞳に納得の色が浮かんだ。だがすぐにその眼差しはひそめられ、あの、と控えめな声がした。
「やめたほうがいいです」
「みんなそう言うよ」
さらりと笑う。
「でも、きれいな子なんだろ? それに頭の回転も早いとか」
「そういうのに興味ないと思います」
「誘ってみなきゃわからないじゃないか」
おれはわざと少し挑発的に言った。
「動画を見せてもらったけど、とても存在感のある子だった。きっと有名になれるよ」
嘘ではなかった。動画で見たハルカ・シノサキは美しいだけでなく、なにか不思議な、目が吸い付けられるような、独特の魅力があった。
しかしおれの言葉を聞いた途端、マヒナは瞳に軽蔑を浮かべた。
「ハルカは──そういうんじゃありません」
「そういう、とは?」
「芸能界とか。みんなにちやほやされるとか。きっと、好きじゃない」
「話を聞く限り、必ずしもそうとは思えなかったけど」
「あなたに、ハルカのなにがわかるんですか」
「何人かに話を聞いただけだけどね。彼女、注目されるのは嫌いじゃないだろ」
「……っ」
マヒナが言いよどむ。どうやら当たりのようだ。おれは肩をすくめる。
「とはいえ、きみに比べたらぼくなんて、何も知らないに等しい。本当に彼女がスカウトに向いていないなら諦めるよ。だから」
彼女について聞かせてくれないか。そう言うと、マヒナは観念したように小さくうなずいた。
「……ハルカが芸能界に向いてないのは本当です」
小さな声で彼女は言った。
「でも、興味がゼロかって言われたら、きっとそうじゃないと思う」
なぜかそれは、悔しさの滲んだつぶやきだった。おれは黙って彼女を促す。
「たしかにハルカは目立ちたがりです。スカウトが来たって言ったら喜ぶかもしれない」
でも、と彼女は視線を上げた。宝石のような紫色が静かにおれを見つめた。
「それでも、やめたほうがいいです」
「それは、なぜ?」
「……トラブルになるから」
そっと片眉を持ち上げる。マヒナはやんわりと視線を逸らした。
「ハルカは、激しい人です。ただの大人なんかじゃ、手に負えないほど」
「でも、友人なんだろう?」
「ええ」
迷いもためらいもない、即座の頷きだった。
どうやら彼女はハルカに害意を持っているわけではないようだ。むしろ強い好意を抱いてさえいる。
そんなマヒナですら、彼女を〝激しい人〟と言うのか。




