07-01 旧友
念のため駐車場を見たが、アンテナ車はすでにいなくなった後だった。
都合のいい期待は叶わなかったが、さすがにいつまでもこんなところにいるはずはない。だが情報は手に入れたのだ。あとは一刻も早くアンテナ車を見つけるだけだった。
おれは火葬場に戻り、少し迷って、簡単に変装を施した。十年前にしまったっきりのコートを引っ張り出し、黒スーツから着替え、髪型を整える。
瞳と髪の色を鳶色に変えて(大昔の点眼薬を入れるのは抵抗があったが仕方ない)最後に眼鏡をかければ、ようやくそれなりの見た目になった。あとは歩き方と声にさえ気をつければ、そう簡単に気付かれることはない。
コートには、やや多めのリアルマネーを突っ込んでおいた。これからなにが起こるかわからない。念を入れるに越したことはなかった。
エレベーターを降り、半地下の駐車場に入った。黒い車が二台。迷ったが、霊柩車はさすがに目立つ。十年前から乗っていない自家用車に乗り込んだ。幸いにしてエンジンはちゃんとかかった。
発進はさせず、シートに身を沈め、考える。闇雲に探しては見つかるものも見つからないからだ。
(──犯人たちは、どこへ向かったのか)
奴らはサトウ・タナカの死体を盗んだ。ということは、あの死体にはなにか〝使い道〟があったということだ。それならば、せっかくの死体を腐らせるのはまずいはずだ。
死後一ヶ月ほど経過していた上に、彼女のエンバーミングはかなり雑だった。あのナノマシンの吹付け具合では、もう数日もすれば表面にほころびが出る。あと、三、四日保てばいいほうだろう。あの死体に〝利用価値〟があるのなら、エンバーミングのかけなおしが必要だ。
なおかつ、犯人たちは車にわざわざアンテナをつけていた。今どきあんなものが必要ということは、特殊な通信を行っていた可能性がある。ということは。
(特殊通信に関わっていて、エンバーミングのかけ直しができる施設……?)
あるのか、そんなところ。
とはいえ、他に手がかりはない。おれはデバイスを叩いて地図を立ち上げた。
思いつく限りのエンバーミング可能な施設にピンを落とす。さすがにこのすべてを回るのは現実味に欠けた。
残りの手がかりは特殊通信だが、あいにくおれの管轄外だ。
(どうしたものか……)
顎に手を当て、考える。心当たりならひとつあったが、連絡はためらわれた。今さらどんな顔をすればいいかわからなかったし、おれが連絡することで迷惑がかかるかもしれない。
だが、こうしている間にも、死体はどんどん遠ざかっていくのだ。ぐずぐずしている暇はなかった。
おれは逡巡を振り切って、デバイスの奥から連絡先を引っ張り出した。耳に手を当てる。通話はすぐに繋がった。ワンコールあるかないか、というほどの早さだ。
『──こちらヒューイ。誰だ』
「相手を確認せずに出るのは相変わらずだな」
『……シヅキか?』
電波越しに相手が驚く気配。おれはうなずく。
「ああ。声が少し老けたんじゃないのか」
『苦労してるのさ。おまえほどじゃないがね。それで──なんの用だ、今さら』
声が一気に低くなった。おれは胸の底が重くなるのを感じた。
なにを告げるべきか迷って、なにも説明できない自分に気付く。おれの逡巡を悟ったのだろう。ため息まじりにヒューイが言った。
『リディアは元気か?』
「おれと別れて議員秘書になったよ」
『……待て、待て。新情報が多すぎる』
「十年も経てばそうなる。あんたは変わりなさそうだな」
『まあな。相変わらず、人殺しを追いかけ回してるよ』
まったく因果な商売だ、と彼は疲れた声を上げた。
ヒューイは殺人課の刑事で、むかし仕事の関係で三ヶ月ほど寝食を共にしたことがある。それ以来家族ぐるみの付き合いだった。
だがおれから連絡を絶った。それ以来、一度も声を聞いていない。
懐かしい声は少し年嵩を増したようだが、実直な声音は変わっていなかった。
『……で、なんなんだ』
重苦しい声。おれはわずかにためらって、しかし他に選択肢はなかった。大きく息を吸うと、一息に言う。
「今から送るリストの中で、通信関係に繋がりがある施設がないか調べてほしい」
『は? どういう──』
「本当にすまない。機密に触れない範囲で構わない。自分で調べる時間がないんだ」
『おい、おまえなあ』
「頼む。他に頼れるあてがない」
見えもしないのに頭を下げて、祈る気持ちで彼を待つ。たっぷりした沈黙。そののち、長い、苦々しいため息が聞こえた。




