表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】さよなら火葬場  作者: Ru
── 最終章 ──

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

110/111

58 青い炎

 静かだった。呼吸の音すら聞こえなかった。


 ミックとヒューイは、食い入るように画面を見つめ、言葉を失っている。ぐず、と鼻をすする音がして、ミックがぎょっとしてヒューイを見た。


「ちくしょう。俺は、こういうのは駄目だ」


 まだ子供じゃねえか、と涙じみた声。ミックが戸惑う気配。そういえば、ヒューイには長く望み、遅くに産まれた娘がいた。その子と重ね合わせたのかも知れない。


「子供でも──彼女は立派に闘った」


 噛みしめるようにささやくミック。それを尊重しよう、と言う声に、ヒューイが黙ってうなずく。


「シヅキ。すべきことは終わったか」

「……ああ」


 返す声はひどく小さく、掠れきっていた。それを受けて、ヒューイが素早くデバイスを叩く。救急車を呼ぶ声。


 再生を終えて真っ暗になった動画ファイル、その画面を見ながら、おれは充足にも似た確信を感じていた。


 ──ハルカ・シノサキ。

 きみはやっぱり、おれの思った通りのひとだった。


 心細さに立ち向かい、世間に傷付けられ、恐怖に震え、それでも現実に立ち向かった。美しいものを最期まで信じていた。きみは確かに、ただの未熟な子供だったけれど、それでも、果敢なヒーローでもあったのだ。


 ふーっ、と長い息を吐く。震える手から端末が落ちる。ミックがそれを受け止めて、おれの肩をぐっと支えた。


「おい。しっかりしろ!」

「ああ……」


 わかってる。返そうとして、言えなかった。意識がだんだん朦朧としてくる。ヒューイがおれの名を呼んだ。


「シヅキ。ほら、見ろ」


 ヒューイのデバイスが視界に同期される。ぱっ、と広がったのはさまざまなSNSの画面だった。さっきばら撒いたハルカの種火は、次々と反響と拡散を繰り返し、アンダーは大騒ぎになっていた。炎上の炎が次々に広がっていく。


 よかった、と思った。とたん、一気に身体から力が抜けた。

 ミックが驚いたようにおれを抱きとめる。ヒューイが腹のあたりを確認し、なにかを叫ぶ。


 火葬場の景色に重なって、視界では次々と、ハルカの炎がアンダーを染め上げていく。深い、深い充足と、そして寂寥。


 自らのしたこと、その結果が作られていくさまを見届けて、おれは静かにハルカへと呼びかけた。


 わたしでなくても良かったのに、それでも多くの人がわたしを愛してくれた、と言ったハルカ。この尊いものを誰かに手渡したい、そうせねばならないと彼女は語った。


(ああ──本当に、そうだな……)

 たった十五年の人生で、きみはそこに辿り着いた。与えられたものに気付いて、報いるべきものを見つけて、きみは子供でいられなくなってしまった。大切なものを守るため、きみは大人のようにふるまい、命を捨てた。


 それでも──ハルカ・シノサキ、きみは生きるべきだった。


 たしかにきみの命は、その劇薬で幕を閉じる人生は、〝美しくも残酷な物語〟として、人々の心を強く動かすだろう。


 けれど。生きていることは、それだけでなにものにも代えがたい価値がある。きみの十五年の人生は、〝物語〟として消費されるためのものじゃない。


 生きていてほしかった。

 一度でいい、顔を見て、その声を聞いて、きみと話がしたかった。


「──キ、シヅキ!」

「目を閉じるな、気をしっかり持て!」


(ああ……わかってる)


 呼びかける声がとても遠い。返事をしようと思うのに、くちびるが震えて、うまくできない。指先がおぼつかない。なんだか、すごく寒かった。いやだな、と思った。脳裏にリディアの声が浮かんだ。


『なぜ生きようとするの』

『あなたにはもう理由なんてないはず』


 ああ、そうだな、本当だ。

 でも、理由なんてなくても、おれは。


 死にたくない、と思った。せめて目を閉じないでいようと抗った。

 ぼやけきった視界の中で、ミックとヒューイが、必死でなにか言っている。その声が、半分ももう、聞こえない。


 うっすらと目が閉じていく。それはだめだと抵抗する。終わるのはいやだった。まだ、おれは生きていたい。だけど。


 ちかちかと、視界がまたたきはじめた。きれいだった。少しずつ、少しずつ、目の前の景色がまぶしい光に塗り替えられていく。


 走馬灯のように大切だった人たちの存在が押し寄せる。そのすべては入り混じり、溶け合って、誰とも知れぬひとつの姿となって、おれの心に寄り添った。


 愛すべきすべての人が溶け合った淡い幻影。

 誰でもない、けれど全てでもあるその人にむかって、ささやいた。



「──……きみに、手渡したかった」



 なにを、なんてわからない。認識はできない、言葉にもできない。

 ただ、尊くて美しいなにかを、おれは、きみに渡したかった。


 まばゆい光が視界をいっぱいにする。

 なんて美しいのだろうと思う。

 心が、震えそうになる。



 次々と現れる美しい幻視の最後に見えたのはハルカと、

 そして、透き通った青い、炎──





 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ