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【完結】さよなら火葬場  作者: Ru
── 第2章 ──

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06-01 白いフテラ

 がつがつと荒々しい足取りで、真冬の道を歩く。

 ちくしょう、と悪態が出た。過度に荒っぽい言葉を公道で口にすれば、条例に触れてしまう。それでも、罵倒のひとつでもこぼさなければやっていられなかった。


 あれからおれは考えた。窓から出て、次に奴らはどこへ行ったか?

 それを知るためには、強奪者の手がかりを得なければならない。順番に考えることにした。


 侵入、脱出ルートが窓なのはまず間違いないだろう。

 その先は住宅街だ。目撃者を完全にゼロにすることは難しい。

 監視カメラの映像を確認できれば一番だが、一般人かつ前科者であるおれの立場では不可能だった。


 だったらまずすべきことは、周囲の聞き込みだ。

 しかし、闇雲に『なにか見なかったか』と聞きまわっても意味がない。

 具体的になにを聞くか、決めなければならなかった。


 死体が奪われた際の状況を考える。

 窓から降ろした死体は、そのまま近くに駐めた車などに乗せたか、あるいはそのまま持ち去ったかのどちらかだ。


 前者の方が現実的ではある。

 なにせ死体は重くて目立つ。なにかに入れて隠したほうがいいし、その上で遠ざかるなら早いほうがいい。車が一番だ。


(しかし……)


 排煙の関係で、火葬場としての施設はすべて三階に作っていた。二階は私室やキッチン、物置などプライベートなスペースで、半地下である一階は駐車場に棺の搬入口と、エレベーターホールに無人の受付機があるだけだ。


 死体が盗まれたのは、おれが書類を探していたときで間違いない。

 安置室の下は私室で、キッチンはちょうどその反対側。窓から死体を降ろしたとして、私室にいたなら気付いたかもしれないが、キッチンではさすがに無理がある。だが、車はどうだろうか。


 フィーニク火葬場の安置室側に道路はない。建物が隣接している。

 また、半地下の駐車場は、依頼人と業者以外が入れないよう施錠してある。普通に考えると、車はキッチン側の路肩にしか駐められないのだ。


(だが、キッチンにいたおれはなにも気付かなかった)


 リディアとの口論で見逃した可能性はゼロではない。

 とはいえ、一階が半地下のため、うちの二階は普通のビルより位置が低い。だから、車があれば気付くはずなのだ。

 なにせ火葬場うちは蛇蝎のごとく厭われ、避けられている。このビルに車が駐まること自体がとんでもないレアケースだ。


(でも、おれは気付いていない──)


 だったら、火葬場のそばに車はなかった、と考えるべきだ。

 仮定に仮定を重ねるのは避けたかったが、とにかく、車をつけていなかったと想定して推理を進める。


 次は、窓から降ろした死体はどうしたのか、だ。

 死体は単なる荷物にしては大きすぎるし、兎にも角にも人目を引く。通報を避けるなら、なにかケースに入れなければならない。


 あの後、盗られたものをもう一度確認した。棺は手つかずで残されていた。あれを使わなかった以上、代わりになるなにかを用いて、彼らは死体を奪い去ったはず。


 つまりは、この近隣で大きな荷物──死体が入るような──の目撃情報を探せばいい。


 そこまでは良かった。しかし問題はそこからだった。手始めのはずの聞き込みで、おれは完全に行き詰まってしまったのだ。


 火葬場をやっている前科者がひとりで路上を歩けば、どうなるかなんて火を見るより明らかだ。ただでさえ早朝で人気がないのに、まともに話ができる人はひとりもいなかった。


 夜明け頃、フィーニク火葬場の近くで、大きな荷物を見なかったか。聞いて回ったものの、返ってくるのは知らない、わからない、お前に話すことはない、あっちへ行け、の連続ばかり。おれは悪い意味で有名人で、目撃情報を得るのは絶望的だった。


 さっきなど、犬を散歩中の中年女性に声をかけたのだが、どうも気の弱い人だったらしい。おれに気付いた瞬間、青ざめてかたかた震えはじめてしまった。

 目はうるみ、声は震え、今にも大声で助けを呼びかねない。頬を引きつらせた彼女が大きく息を吸い込んだ瞬間、おれは慌てて逃げ出す他なかった。


 くそ、と頭をかきむしりながらがつがつ歩く。それなりに覚悟はしていたが、ここまでの反応をされるとは思わなかった。


(もう十年だぞ……!?)


 だが、たった十年、とも言える。少なくとも当のおれは、あの事件をまるで昇華しきれていない。それはきっとリディアも同じなのだ。


 投げつけられた冷えた態度に、十年前と同じ感覚が蘇ってくる。侮蔑、嘲笑、批難、排斥、正義の刃、炎上の火と、休みない攻撃の数々。じくじくと心臓の奥が痛い。


 忘れたつもりでもそうじゃなかった。リディアの言葉は本当だ。あなたじゃなく、周りが忘れるのに時間が必要。十年では短すぎたということだ。

 それくらいわかっていたのに、ダメージを受けている自分がばかばかしい。なんの根拠もなく、十年も経てばなにかが変わると思っていたのか。


 おれはすべてを箱に押し込んで、棚上げしていただけだ。十年間、目を逸らし続けたものはなにも変わっていなかった。淡い期待を抱いたりはしていないつもりだったのに、改めて突きつけられると堪えるなんて。とんだお笑い草だ。


 それでも、今は非常事態だった。どんな手を使ってでも、手がかりを得なければならない。だが、いかんせん誰も彼もがおれに気付いた瞬間、にべもない拒絶を示すのだからどうしようもない。こんなときリディアがいてくれれば。そう思う自分が、余計にみじめだった。



 

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