53-03 愛の正体
「……っ……」
ケイジ・ニューマンが、おれの前、真冬の冷えた夜の中で、肩を縮こまらせて震えている。胸の前に銃を抱いて、怯えたような目をして、必死に足を踏みしめている。
「大丈夫だ」
呼びかけに、ケイジはひるんだように一歩、下がった。その背にとん、とぶつかるものがある。はっ、とケイジが振り返った。
吊り下げられたそれは雪にまみれ、不安定に大きく揺れていた。晒された真っ白い肌、長い髪がさらさらと風になびいている。美しい少女、彼の娘のなきがら。
「は──ハルカ」
聞こえたのは、胸の底が抜けたようなつぶやきだった。
おれはぶら下がったハルカの死体、冷え切った頬が雪で半分白くなっているのを見つめ、そっと言った。
「彼女はここを覚えていたよ」
「え──」
ケイジが振り向く。なにを言っているかわからない、というような目が、呆然とおれを見つめる。
「ずっと昔、おとうさんに連れてきてもらった気がする。そう、何度も言っていたそうだ」
ケイジが息を呑んだ。くちびるの形だけで、そんな、と彼はささやく。おれは静かに告げた。
「この化学プラントは環資省の管轄で、なおかつ、十五年前にあんたが所属していたところだ」
そんなことまでわかるなんて、図書館は便利だよな、とおれは苦笑する。ケイジが首を振る。
「連れてきて、そして一緒に見たんだろう。ハルカと──あの、青い炎を」
ごう、と炎が鳴った。ひときわ明るく、青白いフレアが吹き上がる。青い光に照らされて、ハルカの身体が輝いている。熱がふわりと降りてくる。
その青を呆然と見上げるケイジに向かって、おれはかすかに眉を下げ、できるだけ穏やかに呼びかけた。
「なあ。おまえはかつて、たしかに、娘を愛したんじゃないのか」
「そんな──ことは」
否定する口元が、泣き出しそうに歪んでいる。それが答えだと思った。確信とともに言った。
「一度は愛したんだ。でも、おまえはそれを、嘘だと思って切り捨てた」
「あ……」
うそだ、と小さな声。おれは静かに首を振る。すっと腕を持ち上げる。
「それは──ずっとそこにあったのにな」
指差した胸元を、ケイジがゆるゆると見下ろした。彼は絶望的な目で、己を見つめていた。くちびるが開かれる。
「だったら、私は、なんのために、……」
「その問いは、おれには答えられない」
彼の代わりに答えてあげられたら、少しは楽にしてやれたのだろうか。だが、おれは答えを持ち合わせていない。わかることなど一つしかない。だから、言った。
「あんたは信じられなかった。……それだけだよ」
「──っ……」
ハルカ、とつぶやく声が聞こえた。
そのあまりにもかすかな囁きは、炎と風の残響にかき消され、すぐに聞こえなくなった。




