表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】さよなら火葬場  作者: Ru
── 最終章 ──

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/111

51 明らかになるもの

 折れそうな心を、必死にささえようとする。鼓動はちっとも収まらない。浅くなった息は戻らない。おれは震えるくちびるを動かし、かろうじて顔を上げた。


「……なぜ、こんなことをする」


 ケイジはおれの問いかけに、心底不思議そうな顔をした。当たり前のように返される。


「それはもちろん。私の信ずる愛のためだよ」

「永遠に辿り着けない理想に向かって、すべての人が邁進し続けるべき、という?」


 そうとも、と笑みを浮かべケイジは言う。深くうなずき、彼は銃を持った両手を広げ、微笑んだ。


「世の中はね。ゼロか百か、白か黒かで割り切れるものではないし、そうあるべきではないのだよ」


 滔々とした声が語る。


「たしかに、尊い理想はあるだろう。素晴らしい幻影も、美しい夢想もあるだろう。だがそれらは虚構の存在、フィクションの中にしかないおとぎ話だ。だがね」


 慈悲めいた目がおれをとらえ、わかっているだろう、と呼びかける。ケイジの声。


「それでも虚構は、人を導く力を持っている」

「それは──」


 喉の奥で、くく、と声を上げるケイジ。穏やかな目が弧を描き、口の端が持ち上がった。


「絶対に理想に届かないなら、始めから何もしないのか? 目指したところで手に入らないなら、最初から諦めるのか? そんなことは間違っている」


 おれの声が、だからって、とかろうじて振り絞った震えの形を作る。ケイジがうっとりと笑う。


「私はたしかに、理想の実現を、愛の体現を、微塵も信じてなどいない。だが、その価値と作用ならば、心の底から信じている。虚構であり実現不可能である美しいもののため、すべての人が安心してそれを目指し続けられる世の中のため。私は、できる全てを行っているに過ぎないのだよ」

「だからって……そのために、ハルカ・シノサキを──自分の娘を、犠牲にしたっていうのか」


 ガラサが現れた、一年半前。彼女はまだ十四歳だった。いちばん危うい年頃だった。


「なぜそんな子供の、それも自分の娘を、ガラサに担ぎ上げたりしたんだ」


 彼女は──父親が誰かすら、なにひとつ知らなかったのに。

 しかしケイジは、きょとん、とした目をした。


「なぜって? 決まっている」


 その理由を求め、おれはケイジを見据えた。彼の口元が動いて、半笑いの声が漏れる。


「〝ちょうど良かったから〟だよ」

「な──」


「ハルカはそこらの大人よりよほど聡明で、賢かった。その上、未熟な自我に振り回され、はちきれそうな自己顕示欲をこじらせていた。


 誰が自分を生かすかわからない、いつ誰かの気まぐれで生活が崩壊するかわからない。そんな不安をごまかすため、彼女は自分の生存はすべて社会のおかげだと、奉仕の愛のためだと言い聞かせた。その尊さを強烈に信じ抜くことで、必死に自我を保っていた。


 ハルカの内側には行き場のないエネルギーと鬱屈がうずまいており、発散する手段を欲していた」


 利害の一致だよ、とケイジは言う。


「一方。私は私で、〝偶像〟となってくれる人物を探していた。強く、気高く、カリスマに満ちた、強靭で美しく真摯な存在を求めていた。その人物は奉仕の愛を心から信じ、そのために邁進し、そしてすべてを捨てられる人でなければならない。

 ハルカはまさに──その全てを体現していた。私たちは互いを求めあったのだよ」


 握りしめた手が震えた。ふざけるな、と低い声が喉の奥から絞り出される。


「おまえはただ、ハルカを利用しただけだ」

「ふむ」

「彼女が生きるために必死で信じた理想をいいように使って、その青さと未熟につけこんで──ハルカの理想を冒涜し、踏みにじり、捻じ曲げたんだ」


 ふう、とケイジがため息をつく。


「またそれか。洗脳だなんだと馬鹿馬鹿しい。私はなにもしていない。ただ、彼女の信念のすぐ隣に──彼女の理想を尊重しつつ、必ずその目に留まるよう、できるだけ近くを選んで──ひとつずつ、星を置いていっただけだ」

「……抗不安薬の瓶のように、か?」


 ぴくっ、とケイジがまぶたを持ち上げる。おれはきっと目元に力を込め、背筋を伸ばした。まっすぐにケイジを見据える。かすかに掠れたケイジの声。


「……薬瓶が、どうかしたかな」

「五年前の話だよ。マリアは、運転前に頭痛薬を飲んだつもりだった。だが、隣の瓶と間違えてしまった。そういうことになっているな」

「だからなんだ。君の言いたいことは、私にはさっぱりわからない」

「じゃあはっきり言おう。薬瓶をすり替えたのは──おまえだ」

「……証拠は?」

「残念ながら、ない。そもそも、自宅の薬箱の中身を勝手に入れ替えたからって、犯罪にはならないしな」


 気が付けば、ケイジの頬から、さっきまでの笑みが引っ込みはじめている。少しずつ表情をなくしていくケイジに向かって、おれは押し殺した声で告げた。


「ただ、おれがうまくやったなと思うのは、『抗不安薬の瓶』とすり替えたことだよ」


 得意げだった表情は抜け落ち、彼は無言でおれを見据えている。


「最愛の夫が、よそで子供まで作っていた。あまりの事態に、両親を呼び寄せ、相談しようとした。マリアの精神状態は推して知るべしだ。不安を取り除くつもりだったにしろ、自らを害する意図があったにしろ、抗不安薬なら服薬してもおかしくない。あの瓶を選んだのは、おまえなりの保険だったんだろうな。まあ、その保険は発動することすらなかったわけだが」

「……」


 黙り込んでいるケイジ。おれは薄く目元を歪め、顔をしかめて、そして、とつぶやいた。


「マリアの死後。おまえはミチルに〝最後の仕上げ〟をしたんだよ」

「私は、なにもしていない。彼女は自殺した。勝手に飛び降りたんだ」

「そうだな、おまえは何も〝して〟はいないさ。ただ──報道でマリアの死を知ったミチルに、こう告げたんだろう?

『ハルカの存在がマリアにばれた。彼女はそのせいで自殺した』、と」

「っ……!」

「ミチルは──それを聞いて、罪悪感のあまり衝動的に、マリアと同じ場所で飛び降りたんだ」


 これが五年前、おまえのやった全てだよ。

 告げた吐息の最後はそれきり夜に散って、激しい風の音と、頭上で燃える炎の気配だけが残った。沈黙。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ