幼馴染がヤバい
「……好きだ」
「えっ?」
「僕も柚の事が好きだ。 だから、その……結婚もしても良い」
承諾。
それが僕の出した答えだった。
柚の事はもちろん好きだ。
10年以上の付き合いだ。
彼女の事を可愛いと思った事は山ほどある。
でも、それはあくまでも友人としてであり、異性としてはあまり意識した事が無かった。
じゃあ、断っても良かったかもしれない。
だが、直感でそれはいけないような気がした。
「……本当?」
ウルウルしたような瞳を向ける幼馴染。
いつ振りだろうか。
久しぶりに見た表情だった。
幼い頃はこんな表情をよくしていたが、年を取るにつれ、キリッとしていった。
「ああ……こんなので嘘はつかないよ」
ボサボサの髪を撫でる。
第一、ここで僕が承諾した所で、柚との関係が変わる訳じゃない。
それに、後輩に告白されただけで僕を監禁をした柚だ。
もし断ったらどうなるかなんて、アニメやゲームの先人達の例を見れば、よく分かる。
「やった!」
両手を上げて万歳する幼馴染。
あれ?
君ってこんなキャラだっけ?
あまりにもギャップの差に驚いてしまった。
ただ、あまり慣れていなかったのか、咳込んでしまう柚。
ちょっと苦しそうだった。
「大丈夫?」
「うん……慣れない事はするべきじゃないね。 君も驚いただろう?」
「……可愛いとは思ったけど」
「そっか……ありがとう」
微笑む柚。
彼女はそのまま机の引き出しを開け、1枚の書類を持ってきた。
ボールペンと共に。
「はい。 書いて」
「……」
ちょっと、柚さん?
えっと、これは……。
僕の目の前にあった書類。
それは紙一枚で家族を作り上げてしまうモノであった。
そう。
婚姻届だ。
「……今、書くの?」
早くない。
それに今書いても無効なような気がするけど……。
「ケンくんが逃げないようにする為だよ?」
「……」
逃げないように、って。
まるで僕が浮気でもするような言い方だな……しないけど。
「あの……ケンくん?」
「なに?」
あれ?
キャラが変わった?
さっきまで、キミ呼ばわりで、愛称呼びなんてほとんどしなかったよね?
それに、若干口調も幼い頃に戻っているし……。
「本当に、私のことが好き?」
「ああ、好きだよ」
「そっか……もし振られたら、どうしようかと考えたけど……えへ、良かった」
満面な笑みを浮かべる幼馴染。
なの……まるで別人みたいに性格が変わってるんだけど……。
あれはどこにいったの?
「君はそう思うのかい」って感じの。
ダウナー系って言うの?
あの柚は?
この柚もかわいいけどさ……。
「……」
でも一瞬。
ほんの一瞬だけど、暗い何かが彼女の周りを包んだような気がする。
まるで見つけた獲物を決して逃さない獣のような雰囲気だ。
監禁と言い、この気迫と言い、まさか……。
「私の事……好きだよね?」
首元までやってくる幼馴染。
ちょっと、近いって。
吐息でくすぐったぐい。
「ああ、好きだよ」
「別れようなんて考えてないよね?」
返答からのまた質問。
いつもの雰囲気からは到底考えられないほど積極的な幼馴染。
まるで尋問みたいだな。
「……」
ただ、ここまでされると、流石にしつこいと感じてしまう。
だから、僕も言い返す事にした。
「まさか、柚こそ僕から別れるんじゃないの?大学に入ったら、僕よりも良い人はたくさんいるかもしれないよ? だから、そこで──」
そこまで言ったところで「それは無いよ!」と僕の言葉は即座に否定させられた。
思わず、叫び声の主を見る。
そこには瞳のハイライトが無い少女の姿があった。
……柚?
「私はずっとケンくんの事を見てきたんだよ? 幼稚園から小学校、中学、高校って。
ケンくんの良いところも悪いところも全部知ってるの。 それでケンくんの事が好きなんだよ? 他の男性なんて興味ないよ」
「……」
よく噛まずに言えるな……。
でも、早口すぎて何を言っているのか、さっぱりわからない。
いや、ただ単に理解したくないだけかもしれないけど。
でも、分かった事──分かってしまったは1つだけある。
「だから……名前、書いて?」
「はい」
どうやら僕は、とんでもない幼馴染と婚約してしまったようだ。
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