幼馴染に求婚された
「……柚?」
「正解。 君の柚だよ」
部屋に入ってきたのは、幼馴染の柚だった。
寝起きなのか、いつもの姿からは考えられないほどのボサボサの髪。
ずっと変わらないよれよれのパジャマ。
最初に見たのが、中学生に上がった頃、一方で最後に見たのが1年とちょっと前くらい。
つまり5年以上は一緒ということだろう。
そして吸い込まれそうな黒い瞳。
そこに光はなく、目の奥にどこまでも深淵が続いているように見える。
まさにハイライトオフと呼ばれるものだった。
「……柚?」
大丈夫?
とは言えなかった。
昔から、彼女はそう言う心配は嫌いだったはずだし、
何よりも言ってはいけないような気がしたのだ。
「どうしたんだい?」
「いやっ、何でもない……」
「そうかい。 なら何かあったら言ってくれ。 なんせ君の柚なんだからね」
「……」
君の柚?
何を言っているんだ?
そんな事よりも──。
「じゃあ、これは?」
「ああ、すまない。 痛かったかい?」
今、外すね。
そう言って、足についてあった手錠を解除する。
手錠はカチャと音を立てると、簡単に抜ける事が出来た。
さっきまでの苦労は一体何だったんだろう。
少し、後悔した。
「おかしいな……足の大きさと丁度ピッタリにするように調整したはずなのに……」
「……」
僕の足元で、ブツブツと独り言を呟く幼馴染。
全部聞こえているんだけど……。
いや、何だよ。 足の大きさって。
僕も知らないよ。
疑問はいろいろとあるが、まずはこの状況の事を聞き出すのが先決だ。
「柚」
少し強めの口調で、幼馴染の名を呼ぶ。
何の真似だが分からないが、彼女だって何をやったのかは分かっているはずだ。
こんな事をするはずがない。
だが、幼馴染は「何だい?」とまるで、何をしたのか分かっていないような口調で返事をした。
「これは……どう言う事?」
「これって?」
「これは、これだよ。 どうして僕はこんな場所にいるんだい? しかも足は手錠に繋がれている……どうして?」
一回に何度も質問してしまう。
それほどまでに困惑していたのだ。
だが、柚は淡々と答えていった。
「ここは家の地下室。 ここにいる理由は昨日の夕食に、遅延性の催眠薬を入れたのさ。 そして寝たところを私がこっそりと運んだ。 手錠は……逃げない為かな?」
「……」
訳が分からない。
周りから見れば、実績や容貌のせいからか、彼女は少し浮いているように見える。
しかし、こんな事をする人では無いはずだ。
なのにどうして?
彼女が答えるまでに自分なりの答えを出そうとする。
だが、返ってきたのは──。
「君がいけないんだよ……」
「……僕が?」
彼女の返答は全く予期しないものだった。
一体、何をしたって言うんだ?
心当たりが全くない。
いつも通りに接していたはずだ。
もしかして、その接し方が不味かったのか?
考えが浮かんでは消えてゆく。
柚の言う「君のせい」の原因が全く分からなかった。
「昨日の放課後に君、告白されたでしょう」
「……」
どうしてそれを? と問いただす事はできない。
それはつまり、告白されたのを認めたと言う事になるからだ。
そうなるとめんどくさい。
この様子だと間違いなく、相手は誰だとか、付き合うのか、などと問い詰めるだろう。
まだ返事をしていないのだ。
下手に事を大きくしたくない。
僕ははぐらかそうと口を開いたが、幼馴染の方が早かった。
「別に問いただそうとしているわけじゃないよ。 ただ、君は有希ちゃんに告白された。 そうでしょう?」
「……」
何で知ってるのとは聞かない。
いや、怖くて聞けない。
近くには人の気配は無かったはずなのに……。
「そこで私は察したんだ。 このままのんびりとしていると、他の馬の骨に取られてしまうかもしれないとね……」
単純明快だろう?
と同意を求めてくるような言い方をする。
……いや、待てよ。
いろいろと聞きたい事があるんだが……まずは状況を整理しよう。
方法は分からないが、昨日有希に告白されている場面を知った。
だから、夕食に睡眠薬みたいなのを入れ、監禁まがいな事をした。
その理由は他の馬に骨を取られたくないから。
おまけに逃げないようにと手錠まで付ける始末。
「……」
何だろう。
この違和感。
これじゃあ、まるで僕の事が好きような感じじゃないか……。
「ん?」
「やっと気がついたのかい?」
先ほどの影が差していたような雰囲気から一点、まるで待っていたよと言わんばかりの表情になる。
「えっと……」
何とかなくだが、先が見えて来たような気がする。
もし、その予感が正しければ──。
「端的に言おう。私と……結婚を前提としてお付き合いをして欲しい」
「……えっ?」
えっ?
「……」
……えっ?
脳が一瞬停止をしてしまったのか。
彼女の言葉を理解するのに時間が掛かってしまった。
「……本気?」
「私は、嘘は言わないつもりだよ?」
「知ってる……」
何年の付き合いだと思っているのか。
ただ大変な事になってしまった。
どうやら僕は後輩だけではなく、長い付き合いの幼馴染からも告白されたらしい。
しかも、それは恋愛の付き合いじゃなく……求婚であった。
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