屋上での告白
「あっ──」
屋上に行くと、そこには僕に手紙を送った張本人であろう1人の少女がいた。
「やっぱりか……」
寒さに満ちた外気。
人の声が遠くに聞こえるほどの静けさ。
そして、そこに佇んでずんいたのは後輩だった。
ざりっとコンクリートの地面を踏みしめて、彼女の目の前に立つ。
かなりの時間をここで待ったのか、顔はうっすらだが赤くなっていた。
「先輩……来てくれたんですね」
「あんなのを送られたら、行かないわけにはいかないからね」
「その……迷惑でしたか?」
寒いにも関わらず、きゅっとスカートの端を掴みながら、俯きがちに呟く女子生徒。
それは本当にあの有希なのかと思うほど、弱々しい態度だった。
おまけにいつもは1つに纏めているロングの桃色の髪も、今はストレートに下ろしている。
……本当に有希だよね?
「別に迷惑ではないけど……」
「そうですか……よかった……」
安堵の息を吐く後輩。
「……」
何これ……非常にやりにくい。
それよりも、あの活発な小悪魔系の後輩は何処に行った?
まさか別人じゃないよね……。
試しに僕はあるセリフを言ってみた。
「ドッキリかと思ったけど……どうやら違うみたいだね」
僕の言葉に、小刻みに震える彼女。
もし別人なら困惑するか、怒るかだろう。
さあ、どう来る?
「先輩は私を何だと思っているんですか!」
答えってきた答えはいつもらしい台詞だった。
心外だ、と言わんばかりの表情になる後輩。
先程の弱々しい態度は嘘のように消えていた。
「ごめん。 ごめん」と謝罪。
でも、日頃からふざけたような事をしていたら、そう思われるのも仕方ないと思う。
「キミはそのくらいで良いんだよ……」
「もう……せっかくギャップ萌えで落とそうと思ったのに……」
あれ、演技だったのか……。
道理で、落ち着かないわけだ。
「それでご用件は?」
「ここまで来たなら分かるでしょう?」
すっと、顔を上げ彼女。
そこには真っ直ぐと射貫くような赤い瞳があった。
決して曲がらない意思の表れか、ぶつかった視線が思った以上の衝撃をもたらせた。
「私……先輩の事が好きです!」
告白。
屋上に来るまでに予測していたシチュエーションの1つだ。
そして。実際に聞こえてきた言葉は予想通りの2文字。
「……どうして?」
だが、いざ耳にするとかなり困惑するものだった。
確かに彼女──有希とはそれなりの良好な仲だ。
だが、その関係性は親友というよりも悪友と言った方が近い。
共にからかって、ふざける仲。
だから、どうして恋愛感情になるのか。
僕には分からなかった。
「先輩は私の憧れだからです」
「……憧れ?」
一体、僕のどこに憧れがあるのだろう。
僕と有希はふざけあいをするほどの仲だ。
それこそ立場や呼び方は先輩後輩のアレだが、その付き合いはほぼ対等。
実際、幼馴染の柚と同じくらいの感覚で接していた。
「私が文芸部に入った事を覚えているでしょうか?」
「文芸部? ああ……」
懐かしい。
今なき部活。
彼女が最後の新入部員だった。
「私入った時は人見知りで、内気な性格でした」
「そうだったね……」
懐かしい記憶。
今では随分と変わった。
「私が今こうしていられるのも全て先輩のおかげなんです。 聞いてくれますか?」
「ああ」
僕の返事と共に、彼女の語りが始まる。
その内容は意外なものだった。
曰く、入学式の時に僕が声を掛けてくれたから入部したこと。
曰く、僕のお陰で性格を変えようと思ったこと。
「――私、そんな先輩のことが好きです。あの時からずっと、今でも好きなんです……だから、私と付き合ってください!」
頭を下げて、飾らない気持ちを伝えた有希。
冗談でないことは見れば分かる。
逆に、これを本気と受け取らないのは無理があった。
いくらあの有希とは言え、失礼だ。
「……」
目を閉じて考える。
時々、その言動にはイラッとはするが、彼女の事は嫌いではない。
いつも揶揄っている彼女だが、根は真面目で素直で優しい。
おそらくだが、かなりの努力家だろう。
「……」
考える。
目の前の彼女を彼女にするという選択肢は悪くない。
柚には悪いが、これからは有希と一緒に普段通りに日常を過ごして、2年後にある大学受験を乗り切り、社会人になる。
そうすれば、普通の幸せを望めるだろう。
だが──。
「……先輩?」
有希が心配しそうな目で見つめてくる。
果たしてそれで良いのだろうか?
他人を好きになった事がない僕が、彼女が望む未来を作れるだろうか。
「……」
好きだと言ってくれた後輩。
そろそろ答えを言わなければならない。
「……有希」
目を開ける。
彼女の名前を呼んだのは久しぶりだった。
「はい!」
嬉しいそうな表情をする後輩。
そんな彼女の告白に、僕は──。
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