プロローグ
『異世界転生もの』という言葉がメジャーになってから、はや数年の月日が経った。
ある日突然異世界に召喚されたなんの変哲もない主人公が、チートスキルや激レアアイテム、主人公補正という名のご都合主義を駆使し、牧歌的な日常を送ったり、女の子にチヤホヤされたり、世界の危機を救ったり、女の子とキャッキャウフフしたりする。
そんな男性諸君の夢や希望がつまった妄想……もとい作品達は、とある小説投稿サイトでの爆発的なブームがきっかけとなり、ラノベ業界、アニメ業界、その他諸々へみるみる派生。
今やオタク業界を語るうえで避けては通れぬほどの巨大なコンテンツへと成長していた。
かくいう俺も、そんな作品達を愛してやまない読者の一人だった。
きっと、『ダメ人間が成長して世界を救う』というわかりやすいサクセスストーリーに、自分自身を重ねていたんだろう。
先が読めるシナリオや、テンプレートな世界観、設定の齟齬やキャラ崩壊、回収し忘れた伏線などなど、細かいところにいちいちツッコミを入れながら、それでもキャラクター達が紡ぐ笑い9割、感動1割の物語に心を踊らせていた。
『もし俺がこの世界に転生したら』なんて、ありえない妄想を心のどこかに抱きながら。
だから。
その『ありえない妄想』が現実になった時、俺の心臓は破裂しそうなくらいに高鳴った。
『世界を救うため、貴方の力が必要なんです』
突如現れた女神の言葉は、毎日を惰性で生きていた俺にとって唯一無二のチャンスであり、救いの手だった。
だったら、この手をとらない理由はないだろう。
つまらない現実に別れを告げ、剣と魔法と冒険の世界に飛び込む。
一切の躊躇も一片の後悔も感じることなく、優しく微笑む女神に導かれるまま新天地へと旅立ち――――そして、1年の月日が流れた。
さて、そんな俺が今現在どうしているかというと―――――
「――――――――っざっけんなチクショウがああああぁぁぁぁ!!!!」
地下深くに広がるダンジョンの中、一人孤独に大量のモンスターから逃げ惑っていた。
いやいやいやいや。おかしい、こんな展開は絶対に間違っている。
ノープランでも無双できるチートスキルやアイテムはどこにいった?
優しく俺を支えてくれる、個性豊かなヒロインたちは?
次々に襲いかかるモンスター達の追撃をすんでのところで避けながら、『こんなはずじゃなかった』と心の中で連呼する。
ああもう、こんなことになるくらいなら――――
「異世界転生なんて、するんじゃなかった――――――――!!!!」