5 ルードside
楽しんで頂けたら嬉しいです。
ナディア。
ラクール公爵の三女。
上の姉2人と比べると容姿も教養も劣る。
ナディアと初めて会ったのは、私がデッシュ・ダグラス公爵の次男の為、行きたくもない舞踏会に出席した時だ。
「ルード様」
父と親交があるラクール公爵の三女がニコニコ笑いながら、話しかけてきた。私に好意があるのはわかっていた。
ナディアは正直言って、他の女性よりも、返事を求めないし煩くなくていい。都合の良い女性がナディアの第一印象だった。
年の近い私とナディアが婚約する流れなのは予想ができる。
これまで3度ぐらいしか会った事ないが、別にいいとも悪いとも思わない。
私は剣に全てを捧げて、皇帝陛下をお守りすることが出来れば他はどうでもいいのだ。
彼女が、私の横で笑っていようとも泣いていようとも関係ないのだ。
私はやっと騎士団の副団長に就任し念願の皇帝陛下の専属護衛となった。婚約は他人事のように思っていた。実際、父と母が決めてそれを私が実行するだけだった。
ナディアが、いろんな令嬢から酷いことを言われていたのは同僚の騎士から聞いていたが、別に私には関係ない。ナディアがどうにかするのが1番の方法だ。
同僚の騎士は、酷いと言うが別に好きで婚約者になったわけではない。どうなろうが私に迷惑をかけなければ良いのだ。
婚約発表会の時も、3人の令嬢に庭園に連れて行かれるのを見た。父がナディアを探していたが、煩わしくなるのが嫌で、探すふりをする。
その時だって別にどうでも良かった。
庭園から帰ってきた姿を見るまでは。
侍女と話しているナディアを見る。
彼女の何かが違う。
「ナディア」
思わず名を呼んでしまった。しかし、
「申し訳ごさいません。少し体調がおもわしくないのでこの場を任せてもよろしいでしょうか。……失礼いたします」
さっきまで、私の隣で笑っていたナディアではなかった。瞳の輝きが消えていた。何故か心に引っかかった。
婚約者になったからには贈り物や忙しい任務の空きを見ての訪問。しかし、ナディアは全てを拒否してきた。
ナディアに何があったのか分からないが、拒否をされることが凄く腹ただしかった。
1ヶ月も続くと贈り物も訪問もしなくなった。
これ以上しても、全てを拒否されるだろう。
少し時間を置いた方が良いかもしれない。
ナディアは床に伏せているようで、父とラクール公爵の間で婚約解消の話が出たが、ラクール公爵はどうしたら最善なのか悩んでいて、もう少し考えさせてくれと言っていたと父から聞いた。私から、一言解消したいと伝えれば、婚約の話はなくなるだろう。なぜだか、私は婚約解消の話を自分からしたくなかった。意地になっていたからか、あの輝きが消えた瞳の理由を知りたかったからなのか自分でも理解できない。
ナディアと会えないまま皇帝陛下の舞踏会まで後1週間になろうとしていた。
騎士仲間で友人のデュークから他の人には知られたくない事があると相談を受けた。
ある伯爵令嬢と付き合いたいと。
フィリア・ソルテ18歳。グイド・ソルテの三女で、妾の子らしい。社交界では、男女問わず評判が良いらしい。
デュークは男爵家の長男でフィリアに一目惚れをした。しかし、男爵家の自分が好きになって良いのだろうかと悩んでいる。
「頼む。ルード。俺の代わりに迎えに行ってくれないか?婚約してるのはわかってるが、頼めるのはルードしかいないんだ」
「仕方ないな。わかった」
皇帝陛下主催の舞踏会で、フィリアを迎えに行って王宮まで連れてきて欲しいとの事だった。
デュークは、窮地を共にしてきた仲間だ。令嬢を迎えに行くぐらい大した問題ではない。ナディアはラクール公爵に任せれば大丈夫。後で会えば問題ない。そう、思っていた。
舞踏会当日、フィリアを迎えに行き、馬車の中でフィリアはずっと私に話しかけて聞きたくもない話題を聞かされる。物凄く煩わしい。
(ナディアと大違いだな)
ナディアの素朴な笑顔を思い出す。
王宮につくと待っているはずのデュークがいない。早くフィリアと離れたいのにデュークはどこに行ったんだ。探しているうちに、フィリアが会場に入っていた。
フィリアを追いかけて会場に入ると、ナディアが壁の所で待っていた。フィリアはナディアに気がつくと小走りに近づいた。
「あら!ナディアさん。ごめんなさいね。貴女の婚約者借りてしまって」
「いいえ。大丈夫ですよ。お気になさらないで」
「ナディア。遅れてすまなかった」
ナディアは隣のフィリアを見て興味がなさそうに切り出した。
「別に良いのですよ。でも……。ここではっきりさせましょうか。私、婚約破棄させて頂きたいのです。ですから、フィリアさんは気にしないで下さい。……それでは失礼します」
ナディアはそう言って、バルコニーに足早に行ってしまった。
一緒に居たから、私とフィリアの事を勘違いしたのか。
(話せばナディアはわかってくれるだろう)
ナディアを追おうとすると1人の令嬢が私に向かって話しかけていた。
「ルード様、婚約破棄になってよかったですわ」
「そ、そうですわ。ルード様には不釣り合いですもの」
「ルード様には他の方がお似合いです」
他の令嬢も、笑いながらナディアを否定する言葉を言っていた。正直、聞いていて良いものではない。
今までの自分は彼女が私の横で笑っていようとも泣いていようとも関係なかった。
……関係ないはずだった。
(ナディアは辛い思いをしていたのか)
ナディアを侮辱された事に怒りを覚えた。自分でもこんな考えに至る事が不思議だった。
私はナディアが大切だと思ってしまったのだ。
令嬢に自分たちの事は他人に関係ないと怒りを口にしようとした時。
『ダンッ』
背後から、すごい音が聞こえた。
ノア殿下が壁を叩いたのだ。ノア殿下がここにいらっしゃるのだ。その顔は怒りに満ちていた。
「あなた方はナディア嬢が他の誰にも劣る方だとお思いですか?それに、あなた方が言える立場じゃないですよね?……一度、ちゃんと鏡を見る事をお勧めします。酷く醜い方が映っていますよ。ナディアはあなた方よりとても綺麗で聡明な女性です」
そう、笑顔で言われた令嬢たちは逃げるように控室に戻って行った。いい気味だ。
しかし、ノア殿下はナディアの事を擁護しているのだろうか。自分が守ろうとしたのに。
ノア殿下はあまり表に出てこない方だ。留学をしていて帰って来たのは1年前にも満たないはず。ナディアと面識があるのか疑問に思う。
騒ぎを聞きつけたラクール公爵が何事かとこちらに来た。ラクール公爵はノア殿下と話し私の方を見た。まだ隣にはフィリアがいた。離れようとするがフィリアが服を掴んで離さない。
ノア殿下と一瞬目が合う。
(ナディアとノア殿下はどんな関係ですか)
そう聞きたかったがラクール公爵がこちらに来たので諦める。
「ルード君申し訳ないが、婚約破棄を受け入れてもらえないだろうか。ナディアにも、君にも時間が必要だと思う。ルード君にも迷惑かけて申し訳ない」
ラクール公爵がフィリアを恋人と勘違いしているのだろう。勘違いしてようが、他の令嬢に陰口を叩かれてナディアが辛い思いをするのは見たくなかった。今はラクール公爵の言う通り時間が必要なのかもしれない。
「フィリアとは何もないです。しかし、ラクール公爵が言うのであれば婚約を白紙に戻しましょう」
「すまないな。破棄したのはこちらの都合。責任はとる。なんなりと言ってくれないか」
「いいえ。何も要りません」
「そうか。ルード君、すまない」
今、ナディアに無理をさせてはこの良くない関係が続くだけだ。もう一度ナディアと話す機会を作れば、ナディアは私を見て笑ってくれる。
ナディアは私を好きなのだから。
また、婚約者になるのだ。
デュークはいくら待っても現れず、フィリアと結局は踊ることになり、ナディアが帰った事を気づく事が出来なかった。
あれから元婚約者がノア殿下の宮殿に通っていると同僚に聞いた。ナディアには、会う機会がなく一度会って話がしたかった。だが、ラクール公爵はまだ会わせるわけにはいかないと言って屋敷に行っても会わせてもらえなかった。
ノア殿下の宮殿に行けばナディアに会えるのではと考えて、任務の空き時間や休みの時に見に行ったりした。
そして今、バスケットと小さいカバンを持ち歩いているナディアをやっと見つけた。
「ナディア」
振り向いたナディアが一瞬険しい顔をする。
「……ご機嫌よう。私、急ぎますので」
足早に立ち去ろうとするナディアの腕を咄嗟に掴んだ。ここで逃げられるわけにはいかない。
「待ってくれ。ナディアに謝りたくて」
フィリアとは誤解なのだ。それを知ってくれれば理解してくれる。
「いいえ。謝るのは私の方です。申し訳ございません。では、失礼いたします」
(謝って欲しいわけじゃない)
素っ気ない態度に掴んでいた手に力が入る。
なぜだ。
(ナディアは私の事が好きなのだろう?)
「……痛いのですが。離して下さいませんか」
「も、もう少し話したいんだ」
ナディアは急に恐怖を瞳に宿していた。ナディアは私ではない何かを見て怯えている。傾いた身体を支えようと近づくと、バスケットから何か生き物の唸り声がきこえる。
「ルード、ナディアが嫌がってるよ」
「……ノア殿下どうしたのですか?今日は外出の予定はありませんが」
いつの間にかノア殿下が倒れそうになったナディアを抱きしめている。なぜノア殿下がここにいるのか。
「来客があるので迎えに来ただけなので心配ない。だから、私の大事な人から手を離してくれないか」
(大事な人?)
呆気にとられ掴んでいた手を離した。
そのまま2人の姿が見えなくなるまで動けなかった。
遠くでノア殿下に笑って話すナディアを見た。
(ナディアの瞳の輝きをノア殿下が戻したのか)
自分が戻すはずだった。ナディアを助けるのは自分のはずだった。
私は現実を受け入れたくなかった。
その日の夜、ノア殿下の職務室に呼ばれた。
「ルード卿。急に呼んですまない」
「いいえ」
ルード卿。騎士の私ではなく、ルード・ラグラスとして呼ばれたのだ。正直、会いたくはなかった。私が守るべき方だとしても。
「さっそく本題に入る。ナディアの事だ。僕はナディアに婚約を申し込んだ。まだ返事はもらってない。でも僕は本気で彼女が好きなんだ」
だからなんなんだと憤りを感じる。
「ナディアは君に恐怖を感じている」
私に恐怖を感じるって?
婚約者だった私にそんな感情を持つはずがない。
ナディアは私の隣で笑っていたのだから。
「今まで守らなかった君にナディアを守る資格はないよ。今さら僕の大切な人に近づかないで」
そんな事を言われなくてはいけないのか。私とナディアの問題なんだ。
「……わかりました」
言うしかなかった。皇子とただの公爵の子息。身分が違う。
でも、納得がいかない。私のモノだったはずなんだ。彼女は私のモノだ。
あれから数日後、気分は良くない。ノア殿下の手回しで、父とラクール公爵からナディアに近づく事を禁止された。
騎士団の任務で街を歩いているとある店屋が気になり足を止めた。店の入り口が勝手に開いた気がする。中に入ると甘い香りの香が匂う。この甘い香りは神経を鈍らせる。だからか、進んではいけないと思っているのに自分の足が歩みを止めない。
奥に女性がいる。フィリアがそこにいた。なんでこんな店にいるんだ。
「ルード様。我慢なさらないで。心に素直になれば良いのです」
フィリアが妖しい笑顔で一言声を発すると抑えていた感情が湧き上がってくる。
(憎たらしい。アイツが)
感情に支配される。
自分では逆らえない。
――誰が欲しい
(ナディアが欲しい)
――誰が邪魔者だ
(ノア殿下が邪魔者だ)
――邪魔者は消えてしまえ
(ノア殿下は消えてしまえ)
心一杯に憎悪の感情が支配する。
私の目の前に毒々しい小瓶が置かれた。
(邪魔者は殺してしまえばいい)
読んで頂きありがとうございます。
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