3 ノアside
楽しんで頂けると嬉しいです!
君に初めて逢った日。
誰かがラクール公爵の三女は見目麗しくないと言った。
最初は興味だった。どんな子なのか気になったから。人の話なんて当てにならないから自分の目で見てみたいと思ったんだ。
艶やかな赤毛の髪に綺麗なグレーの瞳。
誰に何を言われても、凛として堂々とそこに立っていた。
まだまだ12歳の子供なのに大人びて、その表情はとても美しい。意思の強い瞳。一目惚れだった。
(守ってあげたい)
他の人はなぜ彼女の良さを分からないのか考えたが、誰も彼女の良さを理解しようとしなくていい。
自分だけが君が綺麗な事を知っていれば良いなんて傲慢な思いを抱いていた。
もっと早く君に逢っていたらと思っていたが、それからすぐ隣国へ留学する事になっていた。
留学中に、好きな人が出来ていなければなんて思っていた自分が嫌になる。あの時、1度でも君に逢っていればと思わずにいられない。
留学してから3年が経ち国へと帰ってきた。
ある舞踏会で、君を見ることができた。
あれから、君は子供から少女に変わっていてますます綺麗になっていた。
声をかけようか迷っていた時。
「ルード様」
可愛らしく頬を赤く染めて一生懸命に隣にいる奴に話しかけていた。
恋をしている君の表情はキラキラ輝いている。
(……むかつく)
にこりとも笑わずただそこに存在しているあいつが。
どんな行動しても嫌われない自信があるあいつが。
君をそんな表情にさせているあいつが。
声をかけることができなかった。
君が幸せなら諦めるしかないと思っていたから。
半年後。
ナディア以外の人に興味が湧かず、婚約話も断り続け仕事を黙々とこなす日々が続いた。
ラクール公爵とは一緒に仕事する事があり、君の事を聞くことが多くなった。
お菓子を贈り物にするのに何度も真っ黒焦げにした話や、ハンカチの刺繍でハトかと思ったらワシだった話とか、恋い焦がれている話とか、婚約の話とか。
「今度、娘のナディアが、婚約する事になったんです。あの子は自分に自信がないから、昔から辛い思いをしてるですよ。だから、少しでも幸せになって欲しいと思っている親心です」
ラクール公爵はそう笑っていた。
どうして、ルードが君の婚約者なのか。
ルード様と呼ぶ君のキラキラ輝いている笑顔を思い出した。
自分がそんな表情をさせたかったがそれは無理だ。君は僕の事を知らないから。
3ヶ月たった。君の婚約の日。
君の婚約発表会をお忍びで見に行った。
君を忘れ前に進めるのでは思っていたけど、2人で並ぶ姿に思った以上に衝撃を受けていた。
そろそろ戻らないと思った時に、君が3人の令嬢に庭園に連れて行かれてる所を目撃した。
3人の令嬢はどこか怒っている表情で僕は心配になって様子を見にいくと、君は3人の令嬢から否定的な言葉を言われていた。
「貴女なんか家柄しか取り柄がないですわ」
「貴女はルード様に不釣り合いです」
「綺麗でも博識でもない貴女はルード様に一生愛されませんわ」
一瞬目を見開いた君は、何も反応しないで令嬢たちの横を通っていく。
(どうして、そんなに冷たい瞳をしてるの)
ラクール公爵からは、毎日楽しみにしてるって聞いていたのに。
今まで見ていた君じゃないような気がしたんだ。
誰かが守らないと消えてしまうんじゃないかと思った。
ナディアはそれから体調が悪くすぐに帰ってしまった。ルードと話している君は、一瞬とても苦しい顔をしていた。
それから、ナディアが急に元気がなくなり床に伏せっているとラクール公爵に聞いた。
ルードから距離を置き、訪問も贈り物もすべて拒絶しているらしい。
ラクール公爵は病気を理由に婚約解消を考えていた。
僕はこの機を逃してはいけないんじゃないか?
少しでも希望があるならちょっとぐらい夢を見て良いよね。
ラクール公爵がいつもの様にナディアの事を話している時に聞いてみた。
「もし、ナディアがルードが好きじゃなくなったら婚約を申し込んでいいかな?」
「ナディアには、悲しい思いはさせたくありません。ノア殿下、貴方のお遊びならおやめ下さい」
「ラクール公爵が心配するのも無理もない。でも、僕がナディアを守りたいんだ」
僕が冗談で婚約を申し込んでないとわかったのか、渋々といった形でラクール公爵は言った。
「そうですか。では、条件がございます。一つ、ナディアがルード卿を好きではない事。一つ、ナディアを泣かせない事。一つ、ナディアがノア殿下を好きになる事。無理強いはしないで頂きたい」
「わかりました。僕に機会を与えてくれてありがとうございます」
ラクール公爵に感謝し深く礼をした。
ラクール公爵に舞踏会までにルードから何も届かなかったら、グレーダイヤモンドを加工して渡して欲しいと頼んだ。
価値はダイヤモンドよりもあまりないが留学中に自分で掘り当てた宝石だ。ナディアの瞳と同じ色をして綺麗だったから、君にも気に入ってもらえたら嬉しいと思う。
僕は第三皇子で王位継承はないに等しいけど、どんな事をしてもどんな力を使っても彼女に悲しい思いはさせない。
皇帝陛下主催の舞踏会には仕事があり、遅れて行く事になった。
ダンスフロアの扉を開けると、ナディアとルード。ルードの隣に令嬢が立っていた。
ナディアは、2人に向かって言っていた。
「私、婚約破棄させて頂きたいのです。ですから、フィリアさんは気にしないで下さい。……それでは失礼します」
大きい声ではなかったがダンスフロアに響き渡る。何故か誰も声を発しなかった。僕もこの状況を理解するのに時間がかかった。
ナディアはそのままバルコニーへと向かって行く。
扉の閉まる音で会場が音を取り戻し、1人の令嬢の一言で時間が動き出した。
「ルード様、婚約破棄になってよかったですわ」
「そ、そうですわ。ルード様には不釣り合いですもの」
「ルード様には他の方がお似合いです」
他の令嬢も、笑いながらナディアを貶すのだ。
(……許せないな)
『ダンッ』
思わず、壁を殴っていた。
僕に視線が移り、熱を持った視線を向けられる。気持ち悪い。
「あなた方はナディア嬢が他の誰にも劣る方だとお思いですか?それに、あなた方が言える立場じゃないですよね?……一度、ちゃんと鏡を見る事をお勧めします。酷く醜い方が映っていますよ」
今までで1番の笑顔で言ってやった。醜いのはあなた方の方だと。
今までこの人たちが君を蔑んでたんだ。
やっと僕は君のことを守ることが出来るんだ。
「ナディア嬢はあなた方よりとても綺麗で聡明な女性です」
笑っていた令嬢たちは顔を真っ赤にして控え室に逃げて行った。
戻ってきたラクール公爵が何事かとこちらに来た。多分、皇帝陛下と会談でもしていたのだろう。
「ナディア嬢が婚約破棄を申し出た様で、ルード卿とフィリア嬢に聞いた方がいいですよ」
ラクール公爵はルードと隣にいるフィリア嬢に目線を移す。一瞬でどんな状況なのかを理解していた。
僕はラクール公爵に近づく。
「ラクール公爵。すいません。僕の想いを告げさせてもらいますね」
そう、周りの誰にも聞かれない様に小さな声で告げてバルコニーに向かった。
ルードがこちらをジッと見て何か言いたそうだったが無視して行く。
(本当に気に入らない)
急いでバルコニーに向かう。戸を開けると、月の光と薔薇の香りがする。
戸の開閉の音で、月を見ている君が振り向いた。そのまま消えてしまいそうで怖かった。
「ナディア嬢ですよね」
「えぇ。そうですわ」
間近で初めて見た君は月の妖精みたいに月で赤毛がキラキラ光っている。僕に向けられた声も愛らしい。
「ルード卿の事まだ好きですか?」
「……いいえ。なんとも思ってないですよ。それが何か」
君は僕の事を知っているだろうか。拒絶されないだろうか。
僕は君の側まで近づいた。君は僕から視線を外す事はなかった。
(ナディアに触れたい)
「ナディア嬢。赤毛の髪もグレーの瞳も。貴女に似合っている。とても美しい」
思わず艶やかな髪に口付を落とす。だんだん赤くなっていく頬が愛しくて仕方ない。
(あぁ、この宝石を付けてくれたのか)
グレーダイヤモンドが首元のネックレスと耳のイヤリングになっていた。
「この宝石も君の瞳みたいで綺麗だね」
ナディアが動くたびに月の光で一段と輝いてる。
すごく似合ってる。
イヤリングのグレーダイヤモンドを触る。
(ルードには渡せない)
「私と婚約してくれないだろうか」
(僕がナディアを守るよ)
返事までの時間がゆっくり静かに動いてた。
「……ご遠慮いたしますわ。ノア殿下、失礼いたします」
ナディアは逃げるようにバルコニーから出て行った。
断られるのは予想通り。
僕の名前知ってたのは予想外だ。拒絶もされなかった。びっくりして動けなかったのが正解だと思う。けど、僕の言葉で顔を赤らめた表情をした事は凄く嬉しかった。
次の日。行動するなら早いほうが良い。
僕は皇帝陛下に婚約したい人がいると説明。珍しいと微笑ましい顔で見られた。無事に婚約誓約書を手に入れ、あとはラクール公爵の屋敷に行きナディアに逢うだけだ。
ラクール公爵に昼に行くと早馬を走らせる。
昼過ぎにラクール公爵の屋敷に従者のアランと訪ねた。ナディアと話す前にラクール公爵にこれからの事と、ナディアと2人で話したい事を伝えた。
ラクール公爵に許可を貰った時、ちょうどナディアが来た。
婚約誓約書を見たナディアは最初は頑なに拒否をしていたが、渋々承諾してくれた。
少し強引だったかもしれないけど、ナディアと僕は友人からの関係になった。
浮かれた僕は思わず手を掴み庭園へと案内させた。嫌がられない事を良いことに、ずっと手を繋いだまま庭園を歩く。
奥の方にある綺麗な白薔薇を見た。優しい空間だねって言って隣のナディアを見ると少し動揺している。君が手をかけている白薔薇なんだろう。
少し頬を赤く染めている君を見る。
そして、お茶をご馳走になり、友人の印にとナディアに仔猫を渡した。僕の飼ってる、ナラとジップの仔猫を渡したんだ。
この子がナディアを守ってくれる存在になる様にと願って。
仔猫はロージーと名付けられた。
ロージーとじゃれている姿はとても可愛くて、笑顔が可愛い。ずっと見ていると視線があった。
抑えていた衝動に駆られる。
「ねぇ、ノアって呼んで?もう僕たちは友人なんだよ。ロージーだけズルイよね。ね、ナディア」
小さな期待をこめて言った。言ったことを後悔した。思わず、ナディアを撫でる。
「わ、わかりました。……ノア」
「うん。ありがとう。凄く嬉しい」
呼んでくれるとは思わなかった。どれだけ自分を見て欲しいと思ったことか。名前を呼んで欲しいと思ったことか。
(……凄く恥ずかしい)
不意打ちに呼ばれた名前に顔が赤くなるのは大目に見て欲しい。
少しずつ僕を知ってもらう為に、ロージーの親のナラとジップに会わすと口実をつくり、ナディアと会う約束を取り付けた。
今はまだロージーだけに向けるナディアの笑顔を僕にも向けて欲しい。
読んで頂きありがとうございます!