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楽しんでいただけたら嬉しいです!
ノア殿下から逃れ、バルコニーから戻ると曲が始まったばかりでほとんどの人が踊っている。
私はバルコニーから戻った事を気付かれないように柱の影に隠れた。
ドキドキと早くなってる鼓動を落ち着かせる。あんな事されたのも言われたのも初めてで、すごく熱を持った顔を両手で覆った。
(……嘘でも嬉しかった)
しばらくすると、あたりを見回していたお父様が私の姿を見つけて駆け寄ってくる。不安な顔のお父様を見ると婚約破棄したんだったと現実に戻された。
「お父様、申し訳……」
「謝らなくて大丈夫。ルード君とも話したよ。ナディア帰ろう」
お父様が私の背中を優しく包んでくれた。そのまま馬車に乗り屋敷へと帰った。
お父様の話では貴方は婚約破棄を承諾してくれた。こちらから破棄したので、責任を取るといっても受け入れてもらえず、何もなく婚約破棄となった。
お父様はノア殿下が私に婚約を申し込んだ事も知っていた。
「ノア殿下に婚約を申し込まれただろう」
「……お断りしました。からかわれたのかと」
お父様は残念そうな顔をしていた。
「ノア殿下は20歳で浮いた噂もないし誠実だ。たまに、王宮で会うがとても優秀な方だよ」
お父様の仕事は外交関係をしていて、ノア殿下がすごい方なのはお父様の言葉で信じられるけど今の私には関係ないのだ。
確かに、嬉しかった。でも、私は……。
「お父様、私を修道院へと送って下さい。私は婚約破棄した娘。これ以上お父様の迷惑になるのは嫌です。ですから……」
「ナディア、そんなに急がないでくれ。すべてはナディアが決めれば良い事だよ。でもね、もう少し自分の事を大事にして欲しいんだ。ゆっくり考えて欲しい。ナディアは大切な私の娘なんだよ」
お父様はそう言って頭を撫でてくれた。くすぐったくて幸せだった。だから、お父様を悲しませたくない。
次の日、私は舞踏会での疲れを癒すために部屋で読書して過ごしていた。
屋敷の中が騒がしくなりいきなりドアがノックされる。
「お嬢様、これからノア殿下がいらっしゃるようなのです。申し訳ないのですが、お着替えさせて頂きます」
エマがそう言うなりいつの間にかドレスに着替えさせられ応接間へと連れて行かれる。
すでに、ノア殿下はお父様とお話ししているらしい。少し緊張していると執事のラージが扉をノックしていた。
「ナディア様です」
「入りなさい」
お父様の返事で応接間に入る。
そこにはお父様とノア殿下とその従者が座っていた。ノア殿下と目があった気がした。
「ようこそいらっしゃいました。ナディアでございます」
「ナディア、ここに来なさい」
お父様の隣に座ると皇帝陛下の印が押してある正式な婚約誓約書がテーブルの上に置いてある。
「ナディア、ノア殿下がお前と正式に婚約したいとお見えになったんだよ」
ノア殿下が正式に申し込みに来たという事。
しかし、私は昨日から考えは変わらない。婚約なんてしない。あんな思いはしたくない。
「申し訳ございません。私は誰とも婚約を結ぶつもりはございません」
そう言って席を立とうとするとノア殿下が私の腕を掴んでもう一度座らされる。
「待って。婚約はすぐ結ばなくてもいいんだ。ただ、僕を知って欲しい。そして、1年後に判断して欲しいんだ。それまでこの婚約誓約書を君に預けたい」
ノア殿下は婚約誓約書を私の前に置いた。
なぜ、そこまでして私なのか。
第三皇子なので皇位継承は関係ないが、ノア殿下ならどんな方でも喜んで婚約してくれるのに。
「ノア殿下、なぜ私なのですか?私は姉達より勉学も容姿も劣ります。私のどこに婚約する価値があるのですか?」
「君は美しいよ。それを気づかない人は勿体ないね。ナディア、僕は君を好きなんだ。それ以上の理由がいるのかな?」
綺麗な笑顔で言い切った。少し顔が熱くなった気がしたがこれはお世辞なんだと自分に言い聞かせる。私は釣り合わないわ。
皇帝陛下の印が入った婚約誓約書があるのだ、お父様も無碍にはできない。
ここで押されたら断る事はまず無理ね。
「わかりました。本当に1年経てば私がこの婚約誓約書を破棄してもいいのですね」
1年経てば終わる関係。関わりを持たなければ大丈夫。私は大丈夫よ。
「ああ、構わないよ。ありがとう。凄く嬉しい」
ノア殿下は私に近づき私の手を握る。
「ナディア、友達から始めよう。僕の事知って欲しいからね。ラクール公爵、ナディアと少し話したいのだが良いだろうか」
「私は構いません。ナディア、殿下を庭園にお連れしてくれ」
私はあまり、一緒に居たくなかったけどお父様が嬉しそうな笑顔で答えているので仕方なく同意する。すると、ノア殿下は綺麗な笑顔で私とは手を繋いだまま応接間を後にする。
私は仕方なく庭園に案内する事になった。
庭園ではエマがお茶の準備をしていた。もしかしたら、これはもう決まっていた事なのかもしれない。お父様にはめられたわ。
ノア殿下と手を繋いだまま庭園の中央にある噴水の所まで歩く。
「綺麗な庭園だね。特に奥の白薔薇とアネモネ、ポピー。とても優しい空間にいるみたいだ。近くで見たい」
「あっ。あそこは……」
白薔薇はお母様に言って手掛けている私の小さな庭園。褒められるのは嬉しくて顔が少し熱を持った気がする。
褒められて喜んでいるのを見透かされている様でノア殿下は赤くなってる私をクスクス笑っている。
一通り庭園を散策して、お茶を頂く。
「君は白が好きなんだね。だとしたら気にいると良いな。アラン」
「はい」
そう言うとノア殿下の従者アラン様は奥の方からバスケットを持ってきた。
なにやら、可愛らしい声が聞こえる。
「まぁ。可愛い」
そこにいたのはモフモフの白い子猫だった。
ノア殿下がバスケットから出して抱きかかえた。
「僕の飼ってる猫の子供なんだ。今日から君の家族にしてくれないかな?」
ノア殿下の腕の中で暴れたり指を噛んだりして遊んでいる仔猫を見る。
「この子を家族にですか?……嬉しいです」
仔猫がノア殿下から離れると私の膝の上へ登ってきた。私が撫でると気持ちよさそうに目を細める。私も癒されて笑顔になる。
「名前決めないとね」
「……ロージー」
「この子は男の子だよ」
ロージーは女の子につける名前だけど、なんでかこの名前じゃないといけない気がする。
「この子は男の子でも女の子でもロージーがいいんです。いけませんか?」
ロージーは名前に喜んでくれたのかゴロゴロと喉を鳴らしながら私に撫でられている。
「良かったね。ロージー。ナディアと一緒に暮らせるのは幸せ者だよ」
「ノア殿下?」
ロージーから私に視線が移ったのがわかってノア殿下を見る。
「ねぇ、ノアって呼んで?もう僕たちは友人なんだよ。ロージーだけズルイよね。ね、ナディア」
ノア殿下は私の頭を無言でロージーにする様に撫でる。
名前を呼ばないとずっと撫でられそう。ノア殿下の無言の威圧がすごい。
「わ、わかりました。……ノア」
「うん。ありがとう。凄く嬉しい」
私はノアの顔がほんのり赤くなるのを見逃さなかった。ノアでも、恥ずかしくなる事あるのね。
(まぁ、可愛い人)
ノアの印象が少し変わったみたい。
自然に笑みが溢れる。
ノアの帰り際に
「ロージーの親たちが寂しがってるから、週に一度僕の所に来てくれると嬉しいな。ロージーが喜ぶとナディアも嬉しいよね」
と、お願い。もとい決定事項でした。
これは夢?周りが騒がしいわ。
『ナディア、国家反逆罪として死刑に処す』
凛とした大好きだった声。顔を上げると冷たいグリーンの瞳が私を見ていた。
いつの間にか私は兵士達に取り囲まれている。
『私は何もしてない。ルード様私を信じてください』
私は何をしたの?何もしていないのに処刑なんて。
縋り付くようにルード様に近づこうとすると兵士達に止められる。ルード様の側に行きたいのに。そして、いつの間にかあの人がルード様の隣に立っている。
『私は見たんです。ナディア様が王様の器に毒を入れるのを。部屋には毒瓶がありましたわ』
毒瓶をルード様に渡す。
何を言っているの?私は毒なんか持ってないし、皇帝陛下に毒なんて考えたこともないのに。
『フィリア本当か?やはりナディアが』
ルード様なぜその方の事を信じるんですか?
嘘をついていると疑わないんですか?
なんで、その方にはなんで優しい瞳で見ているんですか?私には1度も見せてはくれなかったのに。
『違います。ルード様私じゃないんです。お願いします。信じてください。ルードさ……』
『もう、お前は俺の名を呼ぶな。反逆者め』
ルード様の瞳が嫌悪で溢れている。
ルード様。私は知らないのです。どうして信じていただけないのですか?疑問だけが頭の中に駆け巡っていた。
『ルード様。また、同じことするかもしれないですよ。それに前にも……』
ルード様の隣にあの方がいる。ルード様に引っ付いて猫なで声でしゃべっている。ルード様からは見えないようにニヤッと私に笑う。
『……そうだな。皆のもの、ここで死刑を執行をする』
ルード様の言葉を聞き、忙しなく兵士達が動いでいる。
あぁ、私はルード様にとってもういらない人間なのですね。
兵士が首と肩を掴み私が暴れても動かないように腕を後ろに締め上げ強い力で押さえつける。
『私は知らない。私は違う。私は……』
私の言葉は最初からルード様に届いてなんかいなかった。信用なんかなかった。すべて私の独りよがりだったんだわ。
ルード様の大切な人になりたかった。
(これがルード様の幸せなんですね)
ルード様は私に近づき剣を抜いて、首に剣を当てる。私は、当たってる剣が凄く冷たくてビクッとなった。
『なんて、愚かな姿だ』
次の瞬間、首が熱くて燃えているような感覚。痛い痛い。苦しい。感覚がどんどんなくなっていく。身体に力が入らず目の前が傾いていく。
ひと目でもルード様を見たくて前をむく。
『さようなら、ナディアさま』
でも、最期に見たのは嘲笑うブルーの瞳だった。
「……っ」
ガタガタと震える体と蘇る恐怖とあの時の感覚。
あれは、一度目の最後。貴方が好きでしかたがなかった私。とても愚かだった。
体の震えがおさまり、起き上がる。
(もう、眠れないわね)
カーテンを開け外を見る。そこにはオレンジ色の空が綺麗に見えた。
足元に違和感を感じると、白いフワフワのロージーが心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫よ。ロージー。ありがとう」
ロージーを抱っこして椅子にすわる。
撫でてあげるとゴロゴロ喉をならす。
今日はノアの所に行く日なのに、嫌な予感しかないわ。
嫌な気持ちを抑えて、ロージーを連れて王宮へと向かう準備をした。
読んで頂きありがとうございました!