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楽しんで頂けると嬉しいです!

 知っています。

 私は、家柄しか取り柄がないと。

 知っています。

 私は、貴方には不釣り合いな婚約者だと。

 知っています。

 私は、貴方に愛されていないと。


 部外者なあなた方に教えていただかなくても大丈夫です。すべて知っています。


 すべて知っているのです。

 泣いても嘆いても足掻いても変わらないのです。

 何度も何度も……変わらないのです。


 1度目は私の好きなように過ごしました。貴方からは無関心で私は失望しました。


 2度目は物分かりの良い子を演じ過ごしました。貴方からは無関心で私は悲観しました。


 3度目は貴方のために努力し過ごしました。貴方からは無関心で私は絶望しました。


 すべて私は、貴方によって命を絶たれるのです。貴方の隣で笑っているブルーの瞳を見ながら息絶えるのです。


 知っているのです。


 だから、もう、繰り返したくないのです。

 私は、私がもう嫌なのです。

 だから、もう、繰り返したくないのです。

 私は、私がもう生きたくないのです。


 これでもう最後にして下さい。




(あぁ、またなのね)


 4度目のあの場面に、私はまた立っている。

 私よりも爵位の低い彼女たちに呼び出されたこの庭で、私はまた立っている。


「貴女なんか家柄しか取り柄がないですわ」

「貴女はルード様に不釣り合いです」

「綺麗でも博識でもない貴女はルード様に一生愛されませんわ」


 私にとって、4度目の彼女たちの言葉などきゃんきゃんうるさい子犬の可愛らしい鳴き声。


 私は目も合わせず、彼女たちの横を通り過ぎる。


 取り繕う事も言い返す事も、もう私には関係ない事。


 ここが貴方と私の婚約発表の場だとしても、私はもうこの場所にいたくはないのだから。


「ナディアお嬢様こんなところにいらっしゃったのですね。良かったです。ルード様も心配なさってましたよ」


 私が庭から会場に戻ると、私の専属侍女のエマが心配そうにしている。


 エマはいつも最後まで私を心配してくれた。いつも感謝してるわ。でも、今はどうでもいいのよ。


「……そう」


 エマは私が急に態度がおかくなった事に気づいて駆け寄ってくる。

 そうでしょうね。私は貴方が好きでこの日が楽しみで楽しみでしかたなかったもの。昔からエマに相談していた。どうしたら貴方の婚約者になれるのかとか。

 だから婚約者の貴方は私のモノだなんておかしな事考えていたんだから。私はとても愚かだったのよ。


 貴方が私を好きになる事は絶対にない。

 今の私はもう、どうでもいいの。早くここから出たいのよ。


「ナディア」


 後ろから、私を呼ぶのは貴方の冷ややかなグリーンの瞳。


「申し訳ございません。少し体調がおもわしくないのでこの場を任せてもよろしいでしょうか。……失礼いたします」


 貴方も私など見たくないでしょ。そう言いそうになり急いで礼をして扉に向かう。


 わたしの態度にお父様もお母様も何事かと駆け寄ってくるが、エマが私の体調がおもわしくないと対応してくれた。


 あんなに楽しみにしていたのに残念ね、お母様の言葉に小さく笑い馬車に乗り込む。


(早く帰りたい)


 馬車に揺れる私しか居ない、心地よい空間で目をつぶる。



 私はナディア・ラクール。16歳。グナ・ラクール公爵の三女に生まれた。赤毛の髪色にグレーの瞳。祖母の綺麗な髪色と祖父の素敵な瞳を受け継いでも私じゃ台無し。

 姉たちは素晴らしい金髪に金色の瞳で容姿端麗で博識。女性ながら自分たちで経営をして王宮に出入りしている。

 私は、姉たちより見劣りする。どれを取ったって優れたものは何もなかった。

 貴方との婚約だって、お父様同士が親交が深く無理やりに取り付けた。貴方は誰もが憧れる人だったのに。

 デッシュ・ラグラス公爵の次男で剣の腕は一流。騎士団に入隊して最年少18歳で副団長の地位を確立した。


 誰もが思うわ。なんて、釣り合わない婚約なのかって。令嬢の我がままな婚約だって。

 でも、この婚約は破棄される。当たり前だってみんな思うわ。私がいけなかったのだから。

 1年後に貴方は私を殺すのよ。私に身に覚えのない罪でね。


(本当にもう疲れたわ)


 恐怖。寒気。狂気。苦痛。絶望。


 もう、いいの。私はもう貴方を好きにならないわ。

 安心して。貴方にはもう何も感じないの。




「お嬢様。ルード様から……」

「捨てて」


「お嬢様。ルード様が……」

「私は気分がすぐれません。帰って頂いて」



 1ヶ月もあれば貴方からの贈り物も訪問もなにもなくなった。


 私はずっと招待されたお茶会も欠席してる。

 お父様もお母様も部屋から出ない私を心配していた。

 この婚約も白紙になるかもしれないと使用人が話をしているのを聞いた。お父様はもう少し待ってくれって頼んでるとお母様から伺った。


 ……ごめんなさい。お父様。




 それから1ヶ月後、私は鏡の前にいる。


 3ヶ月に1度、王宮にて舞踏会があるのだ。今回は皇帝陛下が主催なので嫌でも貴方と出席しなければならない。


(あなたは、それをわかっているのかしら)


 舞踏会当日、私には4回目。嫌々に準備をしている。化粧もドレスも着替え終わりエマが来る。


「お嬢様、これだけは今日の舞踏会でお付け下さい。旦那様からです」


 いつもなら貴方からの贈り物なのに今回はお父様からなのね。


 エマはライトグリーンのドレスに着替えた私に最後の仕上げと言うように1つの宝石箱を開けた。


「……えっ」


 私の瞳と同じ。グレーダイヤモンドのネックレスとイヤリング。光に当てると色が変わる。


(……凄く綺麗)


「お嬢様、とてもお似合いです」

「えぇ、ありがとう。エマ」


 エマの言葉がお世辞だとしても、今は少し幸せな気持ちになった。



 お父様と馬車に乗り王宮へと向かう。

 馬車の中でお父様にお礼の言葉を伝えた。


「お父様。ネックレスとイヤリングありがとうございました。とても気に入りました」

「そうか、よかった。陛下に言って取り寄せてもらったんだよ。ナディアが喜んでくれるのが1番。私はね、ナディアの辛い顔を見ていたくないんだよ。だからね…………だよ。」

「……お父様。ありがとうございます」


 無意識に出てしまった涙をオロオロしながら拭いてくれたお父様を見て笑ってしまった。

 お父様の寛大なお気持ちがとても嬉しかった。



 煌びやかなシャンデリア。キラキラ光る豪華な内装。何度見ても王宮は圧倒される。


 舞踏会には、貴方は遅れてくるのでお父様に隣にいてもらった。

 皇帝陛下の挨拶があり舞踏会が始まる。曲が始まりお父様と一曲踊る。

 とても楽しい時間だった。


 踊り終わるとお父様は少し仕事の用事があるとかで他の方と皇帝陛下に会いにいかれた。

 寂しかったが急な事だったらしく慌ただしく行ってしまった。


 私は壁の花になり、貴方を待ってる。コソコソと私の噂話をしている令嬢や子息たちが私を見ている。


(私以外の話題はないのかしら)


 しばらくすると扉の方から令嬢たちの歓喜の声が聞こえる。


(やっと来たのね)


 貴方は来た。4回とも変わらずに。

 あのブルーの瞳のフィリア・ソルテ。グイド・ソルテ伯爵の三女を隣に連れて。


 私がどうしようとも貴方はこうなるのね。本当どうでもいいわ。前の私はいつも未練がましかったのよ。


 彼女は私を見るなり近寄ってきた。


「あら!ナディアさん。ごめんなさいね。貴女の婚約者借りてしまって」

「いいえ。大丈夫ですよ。お気になさらないで」

「ナディア。遅れてすまなかった」


 フィリアは勝ち誇った顔をしてニコニコ笑ってる。貴方はすまなそうな顔してるけど、私は興味ないわ。謝りたくはないくせに。


「別に良いのですよ。でも……。ここではっきりさせましょうか。私、婚約破棄させて頂きたいのです。ですから、フィリアさんは気にしないで下さい。……それでは失礼します」


 2人とも理解していないらしく固まっている。

 他の出席している方々も何事かと静まり返っている。



 歩きやすくなった会場からバルコニーへと続く扉に向かう。会場が騒がしくなったが私には関係ないわね。


 外は綺麗な月と薔薇の香りが私を癒してくれる。

 少し冷たい風が心地よい。


『だからね、彼と結婚なんかしなくていいんだよ』

 お父様は馬車の中でそうおっしゃってくれた。


 だから、婚約破棄を提案できたのだ。

 お父様は今日だとは思っていなかったと思うけど。


 言ってしまえば凄く簡単だった。今までの私は意地になっていたのね。必ず貴方が隣じゃないといけないと思ってたんだわ。


「とても、綺麗ね」


 これで、王宮の舞踏会に出るのは最後。だから、この綺麗な月と薔薇の香りを覚えておこう。


 婚約破棄した令嬢など、誰ももらってはくれないだろう。だから、私は修道院に行く。

 これ以上お父様とお母様に迷惑はかけられない。

 私がいなくなればいつか皆が忘れてくれるわ。グナ・ラクールの三女なんていなかった。グナ・ラクールには優秀な2人の娘だけ。


(それでいいのよ。それが私の幸せだわ)


 突然、ガチャと後ろの扉が開いた。

 お父様かしら。婚約破棄したこと謝らないと。

 振り向くとお父様じゃない。


「ナディア嬢ですよね」

「えぇ。そうですわ」

「ルード卿の事をまだ好きですか?」

「……いいえ。なんとも思ってないですよ。それが何か?」


 銀髪にアンバーの瞳。

 第3皇子ノア殿下だわ。前の時何回かお話しした事があったわ。その時は凄く寂しい瞳をしてた。


 婚約破棄で騒がせた事を咎めたいのだろうか。


 ノア殿下は私の前まで近づいてきた。


「ナディア嬢。赤毛の髪もグレーの瞳も。貴女に似合っている。とても美しい」


 そう言って、慣れた手つきで私の髪に口付ける。


「この宝石も君の瞳みたいで綺麗だね」


 イヤリングのグレーダイヤモンドを触る。

 そして、耳元で囁かれる。


「私と婚約してくれないだろうか」


 月で照らされるノア殿下がとても綺麗だった。

 凄く時間がゆっくりと流れる。


「……ご遠慮いたしますわ。ノア殿下、失礼いたします」


 私は、逃げるようにバルコニーから出て行った。



読んでいただきありがとうございました!

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