ネットの情報が信用できなくて笑ってしまう
勉強時間は短い方がいい、とか勉強時間が短い方が頭がいいとか、東大生はあまり、ノートとらないとか、休憩を挟んで15分勉強が効率がいいとか、実際、それを実践しても人には向き不向きがある。第一、僕の場合は凡人な訳で、上記のようなものを実践してみたはいいけれど、僕にとってはどうしても不適なのだ、つまり、コピペみたいな感じでやってみたけど、あまり、自分には合わず、かえってひどい結果になったというのが、自分のこれまでの経験でわかったことである。
だから、ネットの情報はあまりあてにならない。
だけど、全ての情報が偽であるとなってしまうというと、そうでもなく例外もある。
これは、僕の持論だが、目に見えて実感できるものならば、ネットの情報とはマッチできる可能性が高いと思われる。
というのも、例えば僕はパソコンをよく使うことがある。
レポートを書く際とかで、操作がわからないときとか、ファイルの場所の見つけ方とか、とにかくわからなくなったときはネットで調べた方が早い。その際、情報のなかで公式よりも分かりやすく具体的に書いてる情報にであってそれを使ってみると気持ちよく使うことができる。
まぁそれだけが僕が確実に言えることである。
反対に人間関係とか、勉強法とか、概念的なもの、ないし具体性のない、象徴的な、答えの見えない答えを求める系のもの、例えば、2ちゃんねるとか、掲示板とかは、確かにその人にとっては真だが人によっては偽でもあったり、解なしで終わって、調べた時間が介なしになってしまうことになって、かえって、自分が損してしまうことになったことがある。
偏見と決めつけが入り交じった者達の意見を見て、参考にするのはいいかもしれないが、あまり、おすすめしない。
だけど、そう言ってもやはり見てしまうのも、僕にはある。
完全に聞かないというよりも、どちらかというと情報に影響されないためには僕は取捨選択できる人間になりたい。
現に、断捨離をはじめてから、考え方がスマートになったのかもしれない。それと、同じだと考えると、偽証を真に受けるのではなく、まず、自分の意見を持つことが大切であって、その上で情報を見ていく。
わからなかったらwikiで調べるのではなく、言語の意味を辞書で調べ、言葉の意味を理解し、そして、歴史を理解していく、
理系と文系は日本だけなのであって、海外では合体している理由が最近、わかってきた、今日この頃の私である。




