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第27期『一般』一同、クラスの存続を希望します!

 風の音が聞こえる。


 ほとんど無風状態であるにもかかわらず、耳元を風が流れすぎていくのは、それだけのスピードで走っているからだ。


 より詳しく言うならば――


 ランティアナ王立魔術学院の、広大な第1演習場の、それも最外周のコースを、このくそ暑いなか延々25周も走らされているからだ。




(のど渇いたぁ!)




 流れ落ちる汗が目にしみて、ティラは大きく顔をしかめた。


 トレードマークの茶髪のおだんごも、きっと頭の上でしおれているだろう。


 訓練着の袖で汗を拭おうにも、その袖がすでにびしょ濡れだ。


 両腿に革のベルトで装着した、愛用の武器が重い。


 短い握りが垂直に突き出た鋼鉄のバトン。普段は、重さを意識もしないのだが。




(もー走りたくない! 水飲みたい! 割れたスイカに、頭から突っ込みたぁぁぁい!)




 炎天下をこれだけ走り続けていれば、いいかげん思考も沸いてくる。


 まわりで隊列を組んで走る仲間たちの表情も、当然ながら穏やかなものではない。多くが、今にも呪いの言葉を吐いてぶっ倒れそうな形相だ。


 当初は、交替で魔術を使って冷風を起こしていたのだが、もはやそこまでの余力は誰にもなかった。


 使い手でない者にはなかなか理解されない感覚だが、魔術を維持するにも、体力はいるのだ。


 さらに、ここまで疲労が溜まると、術を発動するための集中自体がそもそも難しい。


 そんな中、




「いやはや、暑いでござるなぁ!」




 隣から爽やかに叫んできた美女に、ティラは、引きつった笑みを返した。




「トウカ……あんた、どうしてそんなに余裕……?」




「いや、余裕というほどではござらぬが。武士たるものは、苦しいときほど、悠然と構えねばならぬでござる!」




 ティラのだらだらとした走りとは好対照の、軽快な足取りを保ちつつ、トウカが答えてくる。


 腰に帯びた反身の剣、独特のなまり、ひとつにくくった漆黒の髪。そしてトウカ・ムカイ・エイデンという風変わりな名前。


 彼女の母は王国の商人だが、父は、東の果てにある、なんとかいう帝国の戦士階級だという。


『入学の資格は年齢・性別・出自・経歴に拠らず』


 王立魔術学院の「実力本位主義」があらわれている一例だ。




「それよりも、拙者には、ティラのほうが不可解なのでござるが」




「え?」




「真に余力がないのであれば、かえって、そこまで『だらけた走り方』はできぬはず」




(……う)




 入学以来、まだ2ヶ月しか付き合いのないこの友人は、ときどき、どきりとするほど鋭い意見を述べてくる。




「ティラこそ、まだ、限界ではないでござろう? それなのになぜ、そう……あからさまにふて腐れた、だらけた態度で走っているのでござるか?」




「うー……いや……だってさぁ! ここのやり方、マジで納得いかないんだもん! なーんで――」




「うるせえぞ、そこっ!」




 鋭い怒声が、ティラの言葉を断ち切った。


 怒鳴ってきたのは、集団の先頭を走る背の高い男だ。


 サイラス・バイド。


 この集団――第27期『一般』クラス――の、委員長をつとめる男。




「あと少しだ、黙って走れ! てめえのせいで、これ以上周回追加されたら、ぶっ殺すぞ!?」




「ハァ!? 何よ、この――」




「すまぬ、委員長! もう黙るでござるよ」




 憤然としたティラの声にかぶせるように、トウカが大声をあげる。


 サイラスは脅すような一瞥をぎろりと投げてから、視線を前に戻した。




「何よ、あいつ! くそえらそーに!」




「しいっ! 確かに、そろそろ静かにしたほうがいいでござる」




 かげろうの揺らぐコースの先に、奇妙な光景が見えてきた。


 コースの脇に大きな日よけが設置され、ベンチがひとつ置かれている。


 そこに、数人の若者たちが腰を下ろしていた。


 涼しい日陰で悠々と――と思いきや、全員が、今にも消えいりそうな様子で小さくなっている。




「見ろ! 貴様らを休ませてくださった、お優しい級友たちのお帰りだ!」




 ベンチのかたわらに立ち、凄味と嫌味に満ちた声で怒鳴っているのは、金髪を逆立てた厳つい男だった。


 王立魔術学院・技科担当、ディーシャ教官――


 肩に担いでいる鉄の棒が、本気で怖い。




「懲罰訓練、終わり!」




「全隊、止まれ!」




 教官の声に続くサイラスの号令で、一同はようやく前進をやめた。




「どうだ、脱落者の諸君」




 集団の後ろのほうで目つきを悪くしているティラには気付かぬ様子で、ディーシャ教官はベンチに座っている訓練生たちの後ろに回り、猫なで声を出した。




「疲れはとれたか? こいつらが走っているあいだ、ゆっくり休ませていただいて幸せだっただろうな、えぇ?」




 当たり前だが、誰も答えない。


 ただ、深くうつむいていても分かるほど、彼らの表情が歪んだ。


 ディーシャ教官が、がん! とベンチを蹴飛ばす。


 笑顔のままなので、余計に恐ろしい。




「答えんか! バルドル!」




「……いいえ、教官!」




「シャルル、貴様は!?」




「いいえ、教官!」




「それはなぜだ? マルコム!」




 指名された、ぽっちゃりとした体型の若者は、答えられなかった。肉付きのいい身体が、がたがたと震えている。


 ディーシャ教官は大きく舌打ちをしたが、それ以上は追及せず、




「この腰抜けの代わりに、貴様が言え! レンセン!」




「はっ! 自分たちが、訓練についていけなかったせいで……皆に、迷惑をかけてしまったからです……!」




「そうか!」




 バキ! と鉄棒がベンチの背に半ば近くまでめり込み、座っていた者も見ていた者も思わず飛び上がった。




「なら、次の訓練で根性を見せろ。次回、一人でも脱落者が出たら、残りの者は懲罰訓練で15周追加だ! 以上、解散!」




「気をつけ! 敬礼!」




 背を向けて去っていくディーシャ教官を、一同は、胸に拳をあてた直立不動の姿勢で見送り――


 教官の姿が見えなくなった瞬間、一斉に悲鳴のような息を吐いて、熱い土の上にばたばたと倒れこんだ。


 無論、例外もいるが。




「だああぁーっ! ムカつく!」




 地面を踏みつけて、ティラは喚いた。




「どうして!? どうして、こう、何でもかんでも連帯責任にしちゃうわけっ!? こんなの絶対、納得いかなーい!」




「ティラ……」




 ベンチの者たちがいっそう深くうつむく様子を見て、トウカが控えめに制止する。




「だってさぁ!」




 ティラは、遠慮のない大声で続けた。




「皆、マジで必死にがんばってたのにさーっ! ちょーっと足がもつれたくらいで引っ張り出しちゃって、私らには、懲罰訓練とか言っちゃってさ! あのクソ教官、趣味でやってんじゃないのっ!?」




「ティラ、そのへんにしておくでござる! 教官の耳にでも入ったら……!」




「むがー!」




 トウカに片手で口をふさがれ、ばたばたと暴れるティラ。




「ティラ……」




 最初に名指しされた若者――バルドルが、ごつい顔を真っ赤にしながら涙を拭う。




「すまん。そんなふうに言ってくれて……! 俺ら、次は絶対、ミスしねえからよ!」




「俺もだ! 皆、余計な苦労させて悪かった!」




 男泣きに泣く級友たちに、




「いいってことよ!」




 声をあげてきたのは、地面に倒れたままの他のメンバーたちだ。




「こういうのはお互い様だぜ!」




「そうだ、クソ教官のシゴキには負けてられねえ!」




「団結の精神で行こうぜっ!」




「……てめえら!」




 不意に、サイラスが声を張り上げた。




「暑苦しく盛り上がってる場合じゃねえぜ。とっとと着替えてメシ食わねえと、次の講義に遅れるぞ!」




「了解!」




 サイラスの一声に、寝転がっていた者たちがばたばたと起き上がり、動き出す。


 今の今まで疲労困憊でぶっ倒れていたわりには、軽快な動きだ。


 普通ならば――つまり、魔術を使う者でなかったならば、こうはいかない。




 ティラたちが用いる魔術は、正式には《光子魔術》と呼ばれる。


 それを使いこなす者は、集中すれば周囲の《光子》を取り込み、自らの力に変えることができるのだ。


 常人よりも長い時間、激しい運動をこなすことができる。


 疲労からの回復も早い。


 それは、つまり、理想的な兵士の資質を備えているということだ。




 ランティアナ王立魔術学院。


 学究機関であることも確かだが、それ以上に、武力集団としての存在意義を認められた組織。




(ていうか、もう、完全に軍隊じゃん)




 強大すぎる戦力の保持は、他国からの不審を招く。


 それゆえに「学院」を名乗り、情報の漏洩に徹底して目を光らせ、対外的には無害な象牙の塔を演じているわけだ。


 ――そのポーズに引っかかった者が、ここにも一人。




あの人(・・・)を追っかけて、家出してまで入学したわけだけど……こりゃ、どう考えても、早まっちゃったよねー……)




 ここまでマッチョな組織だと知っていれば、さすがに思いとどまっていたかもしれない。




 実際のところ、この学院は王国陸軍との太いパイプを持ち、兵士として採用されてから適性を認められた者が送り込まれる『軍抜』クラスというものがあるくらいだった。


 さらに、人数こそ少ないが『学抜』クラスもある。


 王都大学から選抜され、次世代の魔術体系の構築に取り組む鬼才たちが、実戦の中で理論に磨きをかけるべく集っているのだ。


 そして――




「ったく、サイラスのやつ……試験が近いからって、なーにを張り切っちゃってるんだか。教官たちも、絶対、私らに期待なんかしてないって。どうせ私ら、一山いくらで、使い物になるのがいればラッキーって扱いの『一般』じゃん?」

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