橋本さんと恋事情
「好きです、付き合ってください」
「ごめんなさい」
六月の初めの、とある放課後のこと。
僕──寺沢裕也は体育館裏で、振られていた。
僕の告白を即座に断った、目の前の女の子──橋本葵さんはご丁寧にも、ぺこりとおじぎをして大急ぎで走り去っていった。
流れてくる涙を拭きとり、その後ろ姿を見送る。
わかってた、わかってたよ。呼び出して『好きです』って言う前から、橋本さんちょっといやそうな顔してたし。
高校に入って、やっと恋愛ができると思ったのに。
ゆっくりと空を仰ぎ、辛い気持ちを押し殺して深いため息をつく。
「さっさと帰ってゲームでもするか」
もう、ヤケクソだ。明日も学校だけど、今日は夜までとことんゲームをやろう。
重い足を引きずって、教室へ向かった。
二階の教室に戻ると、小学校からの親友の永島瑛二が机に腰をかけて本を読んでいた。
鞄を背負っているところを見ると、帰らずに待っていてくれたのかな? 待っていてくれなんて言ってないのに、良いやつだ。
瑛二はこちらに目もくれず、本のページをめくりながら口を開いた。
「で、どうだったの? 告白は」
「もちろんダメだったよ」
自分の机に向かい、掛けてある鞄に教科書を突っ込みながら返す。
瑛二はこちらを一瞥し、しおりをはさんで本を閉じる。
「だと思ったよ。今回の告白は何回目だっけ?」
「……三回目」
「三回、か。今まで男子校だったから気持ちは分からんでもないが、よくそんなに告白しようと思ったな。それも同じ人に」
「まあ、好きになっちゃったからね。でも、告白もこれで最後。今日断られたら諦めるって決めてたんだ」
帰る用意を終え、鞄を背負って瑛二と共に教室を出る。
「それにしても、橋本さんも律儀だよな。裕也の呼び出しにちゃんと応じるんだもんな」
「そうだね……。優しいよね、橋本さん……」
「あ、いや、悪い。別に嫌みで言ったとかじゃ……」
「わかってるよ」
橋本さんと聞いて露骨に肩を落とした僕を見て、瑛二が謝ってくる。
「ま、まあ、気を落とすなって! また次の恋を見つければ良いだろ!?」
「うん、そうだね……」
瑛二が肩を叩きながら賢明に励ましてくる。
そうだよね、また新しい恋を見つければ良いよね。
そんな会話をしながら下駄箱に着く。
そしてふと、橋本さんの靴入れが目に止まった。
……あんな最悪な出会い方をしていなかったら、少しは結果が変わってたのかな。
「なに突っ立ってんだ? 早く行くぞ」
「う、うん」
すでに靴に履き替えて、急かしてくる瑛二の後を追いかけながら思い出す。
僕と橋本さんが初めて会った、二ヶ月前の入学式の日を──
「──以上です。では改めまして。新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
「どこの校長も話は長いんだな」
「もう少し短くしてくれてもいいのにね」
どこの学校でも同じような長ったらしい校長先生の話が終わり、運良く同じクラスになれた瑛二と喋りながら、教室へ戻る廊下を歩いていた。
「にしても、ほんとここの校舎は設備が良いよな」
「うん。教室にエアコンがあるし、廊下は広いし。最高だよね」
廊下を見回して、感想を述べた。そのときだった。
彼女──橋本さんを見つけた。
人形のような小柄な顔に、さらさらと美しい黒髪のロングヘアー。周りの人と同じ制服を着ているはずなのに、彼女だけはどこか違って見えた。
「ん? いきなり立ち止まってどうした?」
瑛二が何か呟いてた気がするけど、それも聞こえないくらい見入ってしまった。
それに気づいた橋本さんは、他の女子との会話をやめてこちらへ歩いてきた。
「何か用でも?」
「え、えっと……」
何か言わなければ、と彼女の美しさで真っ白になった頭をフル回転させた。
そして、思いついた言葉をそのまま口に出してしまった。それも入学式の後の、教室へ向かう生徒が大勢いる中で。
「好きです、付き合ってください!」
「えっ……ごめんなさい」
まさか告白されるとは思っていなかったのか少し間はあったものの、速攻で振られた。
そして案の定というべきか、周りにいた生徒達からは笑いの的にされ。そのせいで今ではクラスのみんなから、いじられキャラ扱い。
高校デビューしようと密かに企てていた僕は、理想とは違う形で成功することとなった。
イケメンキャラでいこうと努力したのに、見事にその努力が無駄になってしまった。ちくしょう。
その一ヶ月後──五月に、改めて告白しようと体育館裏へ呼び出したが、またもや断られて現在に至る。
「はぁ……」
学校を出て、帰り道を歩きながらため息をつく。
思い出しているだけで気持ちが暗くなる。
ほんと、なんであんなところで告白なんてしちゃったんだろ……。
「いい加減、ため息つくのもやめろよ。たくさん励ましてやったんだからもういいだろ?」
並んで歩く瑛二がうんざりとした様子で、クレームを入れてくる。
なんて無慈悲なことを言うんだ。もっと励ましてくれてもいいだろうに。
「もっと励ましてくれてもいいでしょ!? もう三回も断られてるんだよ!?」
「だったら何で諦めないんだよ! 普通は一回でも断られたら諦めるもんだろ!? なに? お前、本当はドMなの?」
「はあ!? そんなわけないじゃん! 本当に好きだから、付き合いたかったんだよ」
「……やっぱりドMじゃないか」
「だから違うって!」
仕方ないだろ、好きになっちゃったものは!
まあ、でも。これはこれで、瑛二なりに励ましてくれてるのかもね。励まし方に納得いかないけど。
そんな感慨深い気持ちに浸っていると、T字路に行き当たった。
「じゃ、俺こっちだから」
「うん。じゃあね、瑛二」
「諦めるとか言いながら、明日になったらもう一回挑戦するとか言い出すんじゃないぞ?」
「なっ!? そんなこと言わないから!」
瑛二が笑いながら、逃げるように走り去っていく。
あいつ、言いやがったな! 前言撤回だ! 明日、朝一で蹴り飛ばしてやる!
そんなくだらない決意をしながら歩き出したのが悪かったのか、足下の水たまりを踏んづけてしまった。ズボンが濡れ、思わずため息をつく。
「そういえば朝は雨が降ってたっけ。……あ、傘忘れた!」
面倒だけど、今から学校に取りにいくか。ズボンは濡れたけどそこまで遠いわけじゃないし、少しくらいは我慢しよう。
そう思い、仕方なく学校へ引き返すことにした。
「あれは何をやっているんだろう……」
校庭でひとり立ち尽くし、呟いた。端から見たら変人だろうけど、今はそんなことどうでもいい。
僕の視線の先には、橋本さんがいる。校舎に身を隠して、なにやらごそごそしている。
傘を取りに学校へ戻ったら橋本さんを見かける、なんて。まったく、運が良いのか悪いのか。
今いる場所からは、橋本さんが何をやっているのか見えない。少し近づいてみるか。
「何かを見ている……のかな?」
どうやら、隠れて校舎裏の何かを見ているらしい。
でも隠れて見るようなものなんて……。
そう思い、首をひねった──そのとき。
「よっしゃぁあああああっ!」
唐突に歓声が聞こえてきた。
もう少し近づいてみると、橋本さんの視線の先には二人の男女がいた。女子は耳まで真っ赤になって俯いており、男子は何度もガッツポーズをしていた。
おそらく、いや間違いなくあの男子が先ほどの声の主なのだろう。
「ああ、告白してるところだったのか!」
くっ、見せつけやがって……! リア充爆発すべし……!!
振られたばかりだからか、ものすごく妬ましい。
ひとりで悔しがっていると、不意に視線を感じ、顔を上げる。
「あっ……」
そしていつの間にかこっちを向いていた橋本さんと、ばっちり目が合ってしまった。
橋本さんは険しい顔をして、大股でこちらへ向かってくる。
あっ、や、やばい──っ!
「ちょっとこっち来て!」
「えっ、ちょ、待っ──」
強引に腕を引かれ、どこかへ連れて行かれる。
あ、橋本さんの手柔らかい……ってそんな変態的なことを考えてる場合じゃない。
腕を引かれるがままについてきたけど、ここは……体育館裏?
告白を断られた相手に、告白した場所に連れてこられるってそれどんないじめ? しかも告白した日に……。
ひくひくと顔を引きつらせていると、橋本さんはきょろきょろと周りに誰もいないことを確認して──
──ドンッ!!
壁ドンされた。
両手で逃げ場を奪うように。
え? なにこれどういうこと!? も、もしかして、やっぱり好きですとかそういう感じ!?
淡い期待を抱きながら困惑していると、橋本さんは真っ直ぐに僕の目を見て切り出した。
「寺沢くん!」
「え? は、はい!」
「わ、私と……仲人部を作りませんかっ!?」
「は、はい! 喜んで──って仲人部?」
どうやら僕は、告白をして断られた女子に、告白をした同じ日に同じ場所で、壁ドンをされて部活の勧誘をされているようです……。




