氷炎の銃刀姫
「こねぇなぁ。逝っちまったのかなぁ……」
穴だらけの壇上に腰を掛け、壁に切り取られた曇り空を見上げながら。紫煙をくゆらせ一人ボヤく中年の男……都市迷彩柄の戦闘服は泥で変色し、所々破れている。
脇には十本程の吸い殻が几帳面に並べられ、更に今、一本追加された。
数日間剃らなかったあごひげが、耐刃繊維で作られた指ぬきグローブでジョリジョリと音を立てる。
「参っちまうよな、一人でやんなきゃなんねぇ」
彼がゆっくりと腰を上げ、視線を下げる先には観客席を埋め尽くす人形、人形、人形。
のっぺりとした卵型の頭部に切れ込みのような瞳と口。
まるで、造形師が細工する前の人形素体が並んでいるようである。
「俺が話しかけても。軍用コードで暗号化したチャットで話すお前らからは、返事もらえねぇんだから……寂しいもんだ」
強襲制圧ユニット『ディーヴァ』
人的被害を減らすために、設けられた戦争用の兵器。その進んだ人類の技術は、平和のためではなく、闘争のために発展を遂げ。その究極とも言えるのが、男性の前にひしめく鋼の人形。
剣呑に男から睥睨されたそれらは、タイミングを合わせたように目尻を落とし、口を三日月のように歪ませる。
「……こうして数が揃うと不気味以外のなんでもねぇよな。その笑顔」
整備用ハンガーで見たとしても不気味だけどな。
と、言葉には出さず、彼は胸中だけで収める。
ガシャン
先頭に居たディーヴァが、右腕のハッチを開放。銃口が顔を覗かせ。他の個体も、四肢のハッチを開放して武装を稼動状態にしていく……火炎放射器に、ナイフ、鞭、剣、棍棒、様々な武器が男に狙いを定める。
「感心するよ。少女と生身のおっさん相手に。寄ってたかって……暇人か? お前ら」
ディーヴァの数体の顔に表情が浮かぶ、怒りを示す表情が。
「いい反応、付け入るスキはありそうだ」
薄く笑みが溢れるのを男は自覚する。
人間が操作しているのは間違いなさそうだ、少なくとも全部が人工知能ではない。と。
男の目的は単純明確で。彼の背後にポッカリと開いた、地下への階段の死守。
「こうしてな!」
隠し持っていたスイッチを押し込み、男は背後に飛び退く。
刹那、壇上の両端に立っている石柱が根本から爆発。
轟音と空気のうねりを纏いながら、為す術もなく倒れてくる。
同時に観客席に仕掛けられた指向性散弾地雷が爆発、衝撃と鉄片がディーヴァへ殺到し、倒れた石柱が砕け、瓦礫となり。観客席のディーヴァと、壇上の男を隔てる。
「これで、よし」
階段の入口も、瓦礫で塞がったが。男には最良の結果だ。
ここでディーヴァに見つかり、包囲されるまでの間。
階段の先に隠れる彼女を、護る為に備えていたのである。
「さあ、鉄屑共。来やがれ」
対ディーヴァ用に用意した、大口径の自動拳銃『スカーレット』。
彼は現役時代を支えた愛銃を自宅から引っ張り出してきた。
油断なく、両手で構え。
ガゥン!!
瓦礫から頭を出したディーヴァの眉間に、弾丸を叩き込む。
跳ねるようにのけぞった頭部。
その眉間に開いた風穴を通して……向こう側が望めた事に、満足気な笑みを浮かべる男。
だが、その笑みは長くは続かない。
瓦礫をよじ登り。時には飛び越えたディーヴァ達。明確に幾多ものレンズが、男を捉える。
「……弾足りるかな?」
予想より、無事なディーヴァが多かったらしい。
「ま、負け戦なんてこんなもんか」
ボヤくと同時に、爆ぜるように飛び退き、爆発でできた瓦礫の遮蔽物を活用し。射線が通ったディーヴァへ、愛銃が弾丸を送り込む。
対するディーヴァも、負けじと追いすがり。弾丸や刃を繰り出すが……男を囲むには至らない。
上手いのだ。男の位置の取り方と、タイミングが。
バックステップで振り下ろされる斧を避け、そのまま足を踏ん張らず。倒れ込むように身をかがめ、投射される炎から身を遠ざけ。愛銃が放つ弾丸の反動を利用し、跳ね上げた銃身でナイフを止める。
まるで予め決められていたかのような演舞。
速度も膂力も、叶うべくもない生身が。鋼の兵器を圧倒する。
「死なねぇからって大雑把なんだよ、てめぇらは」
背後に迫ったディーヴァの喉元に、弾丸をぶち込んで。男の獰猛な眼差しがディーヴァ達を射抜く。
「簡単に狩れると思うなよ?」
油断なく弾倉を交換しながら、次々と行動不能にしていくが。
先程破壊した一体がまだ稼働していた事に、男は気づかなかった。
「いってぇ! 折れるっ!」
這いずりながら、男の足を掴んだディーヴァはあの、不気味な笑みを浮かべる。激痛に顔を歪めながら銃弾を叩き込み、体勢を立て直そうとするが。好機とみなして包囲に動くディーヴァ達は早い。
彼らに躊躇いはない、先程彼が言ったように。死なないのだから。無数の銃口が、無数の刃先が、彼を捉える。
ぽたっ
「雨?」
男の頬に落ちた雫は、赤かった。
「随分、人気者やないの」
ズダン!!
足を限界まで広げ、全身のバネと体幹をフル活用し。地に伏せるように身をかがめ、衝撃を音にして逃し。男の背後に落下してきたのは。
涼やかな、場違いな程軽やかな美声と。
「すまんのう、待ったかえ?」
着流しを優美にたなびかせる、黒髪の女。
白木拵えの柄を逆手に握り、吟光をギラつかせ……
「今、始まった所だ」
男に安堵と、余裕を取り戻させた。
「斬るで、伏せぇ」
低い体勢から身を捩り、一閃。
「あぶねっ」
男はすんでの所で身を屈める、速度に取り残された前髪数本が犠牲になったが。
男を取り囲んでいた数体のディーヴァは……
ゴトン。
首を切断され、機能を止めていた。
「間に合わんかと、ヒヤヒヤしたわ」
顔の左側を包帯で覆い、纏う着流しは、地の色がわからぬほど朱に染め上げられ。
凄惨な笑みを浮かべる女性。
「左目。どうした?」
銃を構え、油断なくディーバの群れを警戒しながら男は相棒に問いかける。
「ちいと、深く撫でられて見えへんだけや」
気楽な声音で男の背を護る位置に立ち。刀を構える女へ、男は申し訳無さを滲ませ再び問う。
「治んのか?」
「なんや、聞いてばっかりやな? くんしょーやくんしょー」
「……ワリィな」
心の底からの謝罪を示す男に、女は気軽に答える。
「ええよ、責任取って貰ってくれたらチャラにしたる」
ディーヴァの数体が過敏に反応する。その顔は『怒』一色。
『リア充爆発しろ』と。
「……はあぁぁ!? 何言い出してんのお前!?」
「……その反応はなんじゃ、お主」
「だって、お前そんな素振り今までなかったじゃん」
「……はあぁぁ!? ウチの事、本気で気づいてなかったん? 好いた男の為に死地に向こうた挙句、殿までやったのに!? あんまりや!」
若干涙目の女に気圧されつつ、目線を泳がせる男。
なんとか発した言葉は。
「……ええと、ごめんなさい?」
「なんで疑問形やの? まあええわ……後で締め上げたる。ところで姫は?」
嘆息と共に、一番の重要事項を確認する女。
「無事だ……とにかく鉄屑片付けるぞ」
「承った。もうひと暴れやな」
男は明らかに数体のディーヴァから、自分に殺意が向いているのを察して。
「悔しかったら、真っ当に彼女でも作れよ。こんな所でドンパチしねぇで」
ディーヴァ、正確には操縦している人間への挑発に踏み切る。
「正論やね、因みにウチのは「言わせねぇよ!?」」
援護のつもりだったのに、と。肩を落とす女を睨む男。絶対に言わせたくないらしい。
だが、挑発は成功した。真っ正直に向かってくるディーヴァ数体(何故か『泣』の表情だ……)と。
ランダムな移動で二人を包囲するように動くディーヴァに別れる。
「さっきと違って考えてきやがったな」
「本気なんやろ」
「背中頼んだ」
「ええよ、派手に斬り散らかすで」
「おう」
スカーレットの咆哮が合図となり。
男を中心に刃の線を引き、ディーヴァを斬り捨て、縦横無尽に跳ね回る女。射線から身を外し、最小限にして最大限の動きで、一撃必中を目論む男。
飛び交う銃弾、剣閃が。瞬く間にディーヴァを屠ってゆく。だが……最後の最後で、彼に運は味方しない。
カキンッ!!
最後の一体となった時。
男の愛銃は、遊底に排莢が引っかかり、止まる。
「あ?」
即座に遊底を操作し弾詰まりは解消したが。
男の視界には……心臓めがけてナイフを投射するディーヴァ。回避するには……遅い。ナイフの撃ち落としを諦め、ディーヴァを撃つ。
「ツイてねぇな!」
とすん
だが、痛みは男に訪れなかった。
ずっと、彼の背を護り続けていた女が――するりと、当たり前のように間に割って入ったから。
はにかみ、微笑みを浮かべ。
男を抱きしめ、囁く。
「銃の手入れはウチがやったし、これで堪忍な?」
最後の敵機が機能停止するのを。視界に収めながら。
「氷雨?」
男は、呆然と相棒の名を呟く。
ぱちぱちぱちぱち……
「劣化コピーに、焔殿。ここまでやって殺せないなんて凄いね、驚いちゃったよ」
軽薄な拍手に添えられた甲高い耳障りな賞賛。
体温を失っていく相棒の身体を抱きとめながら……焔は、反射的に愛銃の残弾を確認する。
残り、二発。




