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敵は自分の下半身~目標まではまだ遠い~

『私が死んでも、絶対にお墓には入れちゃ駄目よ。お墓は暗くて狭いもの。私暗い場所も狭い場所も嫌いなの。散骨にして頂戴。絶対よ。お墓なんかに入れたら二度と貴男の前には現れませんからね。散骨とは別に、私の灰を身に着けるくらいなら構わないわ。だから、泣かないで。私、貴男の笑顔に見送られたいわ。ほら、笑って頂戴。私、貴男の笑顔が大好きなの。あのね、ずっと、ずっと大好きよ』






 それが私の最期の言葉だった。私のことが大好き過ぎる夫への言葉。ちゃんと言い含めないとお墓に入れられちゃうから、最期まで彼に言い聞かせてたのよ。死んでから四十九日間は彼の傍に在ったわ。心配だったのよね、お墓。約束通り散骨してくれたけど、まさか本当に遺灰を一握りお守り袋に入れて身に着けるとは思わなかった。どんだけ私のこと好きなのよ。


 周りに遺灰を身に着けるのは……って止められててね、でもそうすると今にも死にそうな顔するから結局皆が説得を諦めてた。自殺されるくらいなら好きにさせておこうって思ったみたい。私も、彼が自殺しなくて済むなら灰を持ち歩かれるくらいどうってことないわ。彼にはちゃんと長生きしてほしいもの。




 それから長いようで短い四十九日間が過ぎて、私は彼の傍を離れた訳だけれど……


 なんでこんなことになってるんでしょうね。成仏するぞって意気込んで彼から離れて、そのまま天国なり地獄なりに逝くつもりだったのよ?まさか地獄に居るの私?いやでも地獄って剣山とか釜茹でとかある場所じゃないの?今の体はある意味地獄だけどこんな異世界染みた地獄は流石に嫌だわ。閻魔様どこよ!!!






 それはとある魂の叫びであった。






******






 私はある生き物が大嫌いだ。嫌いで嫌いで、大嫌いで堪らない。あれを同じ生き物だと信じたくない。あれが生き物だなんて認めない。この世のモノじゃない。悪魔だ、あれは。




『蜘蛛』




 嗚呼。言葉の響きも、文字すらも美しくない。生きていようが死んでいようが関係ないのだ。例えそれがデフォルメされたイラストであっても存在を許せない。


 物心ついたときには既に嫌いだった。名前も、音も、姿形も、動き方も、その全てが嫌いで嫌いで堪らないのだ。名前を口にするのもおぞましい。


 黒い悪魔、と呼ばれるゴ○ブリの方がまだマシである。なんせ虫だからな。あいつらは虫ですら無いんだぞキモチワルイ。なんであんな動き方してるんだ。なんであんな姿なんだ。なんであんな生き物が存在しているんだ。なんでなんでなんで。


 早く消滅すれば良いのに。同じ空間に存在していることが許せない。






 無表情で佇む小柄な少女が、つらつらとその小さな口から言葉を紡ぎ出していた。




「これは夢。これは夢なんだ。夢ったら夢なんだ。目を瞑って、次に開いたらきっと夢から覚めてるはずなんだ」




 自分に言い聞かせるように呟くと、ギュッと目を瞑り一拍置いて再び目を開く。しかし現実は何も変わらない。少女はどう足掻いても変わらぬ現実に絶望していた。


 少女は自分の腕を見た。次に胸、腹、視線を下へと滑らせる。臍を過ぎ、そして少女は自分の下半身から顔を背けた。






 なんで。


 なんで下半身がよりにもよってこれ(・・)なんだ。他にもあるだろう。馬とか山羊とか魚とか。ほんと普通に人間とか。こんなんになるくらいなら普通に死にたかった。寧ろ今から殺せ。今すぐ殺せ。






 虚ろな目をした少女は自分の生まれた崖の中腹にある洞窟から身を投げた。とりあえず死のう。すぐそこに良い感じの崖があるじゃないか投身が手っ取り早いなよし飛ぼう、そんな軽い気持ちで身を踊らせたのだ。


 そうして飛び降りた結果、下半身がまるで体操選手であるかのような華麗な着地を決めた。






 空中二回転横ひねりとかしなくて良い。前足二本を高く上げて万歳のポーズとかほんといらない。完璧な着地だろ、みたいなドヤ顔決めてくんな。なんか腹立つ。






 投身自殺に失敗した少女は本当に嫌そうな顔で自分の下半身へと視線を向けた。それは、少女が最も嫌う生き物の姿をしていた。


 短く硬い毛に覆われた鋭い八本の足。


 赤い八個の目玉は前後に四つずつ配置され絶え間なく辺りに気を配っている。






 どう見てもあれ(・・)だよね。どう頑張って良く見る努力をしてもあれ(・・)だよね。やだもう泣きそう。


 なんでよりにもよって”アラクネ”なの。ケンタウロスとかセイレーンとか他にもいっぱいあるじゃん。なんで下半身がこの悪魔なの。これが地獄か。なんで私は転生しているんだ。普通に成仏させろよなんで転生させてんだよ望んでないわ転生なんざ。責任者どこだよとりあえず殴らせろ。






 少女は元来とても気性が荒く口も悪かった。望まぬ転生生活を得た今、少女の機嫌は過去最高に悪かった。






 わかっている。こいつとうまく付き合って生きていかなきゃいけないことくらい。いやでも無理だよ私これ(・・)嫌いなんだよ。嫌いな物が殆ど無いこの私が唯一存在を許せないものなんだよ。死にたい。アラクネとして生きるくらいなら今すぐ死にたい。


 でも自殺は無理だった。無駄に能力が高い下半身が憎い。私を殺せる人求む。いやもう人間じゃなくて良いよ、同族でなけりゃ何でも良い。同族は嫌だ。同族の下半身に食べられるかもしれないとか想像するだけで鳥肌が止まらない。無理。()り返しちゃう。だから同族以外の誰か、私を殺してくれ。ひと思いにグサッと。ついでにこの下半身と切り離してくれ。そして私をこんな姿にしたやつはぶちのめす。






 肩口で切り揃えられた絹糸のように細く滑らかな純白の髪。


 白磁の肌。


 ルビーの如き輝きを放つ緋色の瞳とそれを縁取る睫毛は髪と同じ純白。


 そして。


 一際目立つ、額を彩る深紅の宝石とその周りに施された翼のような形をした漆黒の紋様。


 鮮やかな色彩を持つ極上の美少女が物騒な事を口にしていた。




 少女はせめて同族の姉妹達と離れるべく生まれた洞窟を飛び出した。外の世界なら死に方を自由に選べるはず。殺してくれるヒトがいるはず。そんな期待を胸に抱き、ついでに投身自殺試そうと身を踊らせた。そして下半身はそんな少女の気持ちなどつゆ知らず空中二回転横ひねりと華麗な着地を決め、少女の瞳からまたハイライトが消えた。






******






 美しい着地を決めてしまった少女は両手で顔を覆い、深く、深く溜息を吐く。どうすれば死ねるのか、少女はそれだけを考えていた。そしてそんな思考の最中にふと思いついた。ゲームの世界みたいな異世界なら自分の状態をポップアップで見るとか出来そうだよね、と。






「確か……『システムオープン』だったかな。こんなことなら息子達のゲーム一緒にするんだったな。システムじゃないならこっちかな。『ステータスオープン』?」






 『ステータスオープン』。その言葉の直後に、少女の目の前に半透明の窓が浮かび上がった。そこに表示された文字列に、夢ではなく現実であると釘を刺され少女は遠い目をする。しかしずっとそうしている訳にもいかず、開いたステータスに目を通し始めた。






***


名前:(上半身)ネージュ・(下半身)ネイト






 おいこら待てなんで上半身と下半身で名前が違うんだよ。






種族:アラクネ・白(突然変異種)


性別:女(上半身:女性魂、下半身:男性魂)


適正:####、白魔法(光)、黒魔法(闇)、赤魔法(火)、青魔法(水)、緑魔法(風)、黄魔法(土)、耐物耐魔特性MAX


固有:######、######、#########、唯一無二、転生者、暗殺者、軽業師






 なんで『暗殺者』なんて物騒な固有持ってんだよ!?まだなんも殺してねえわ!!!






二つの魂が一つの肉体に混在する珍しい個体。これまでに同様の存在事例は確認されておらず、一つの肉体に二つの魂を内包する唯一無二の魔物。女性体しか存在しないアラクネにも拘らず、下半身には男性魂が組み込まれている。額の宝石には無限大の可能性を秘めており能力値及び繁殖についても未知数。とても俊敏で頑丈。############。###########。成長過程で適正と固有は増えていくと思われる、今後に期待。頑張れば多分上半身と下半身のコミュニケーション可能。多分。






 『今後に期待』じゃないから。期待しなくて良い。期待する暇があるなら自殺方法教えろや。『頑張れば多分コミュニケーション可能』じゃないから。多分ってなんだよ、多分って。






人化を取得すれば傾国も夢ではないレベルの美姫になれる。レベルMAXになれば#####状態で人化可能になる。






 待って。凄く重要そうなのになんで文字化けしてるの。






***






 一行目にして早くも少女、ネージュのツッコミが入った。その後も遠い目をしたり再びツッコミを入れたりとネージュは忙しい。固有特性『暗殺者』に対して『まだ殺していない』とツッコミを入れているあたり早くもネージュはこの異世界に染まりつつあるようである。


 ステータスの一部は文字化けのようになっており全てを読むことは出来なかったが、それでも大体の内容は読み取れた。そして一言漏らした。




「これ自殺無理じゃね?」




 しかしネージュはステータスの最後に付け加えられていた一文に望みをかけた。




「これは分離できるとかそんなんじゃない?何処にもレベルなんて書かれてないからよくわからないけれど、自殺ついでにレベル上げすれば良いのよね!どうやってレベルアップすれば良いのかわからないけれど!」




 ネージュは拳を握り一歩踏み出そうとした。が、下半身に拒否され再び目からハイライトが消えた。

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