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平均、36℃

 出発をする前に意外なものを見つけてしまった。


 日記なんてつけていたのか。




 先を見越したフウタが、俺の足元で丸くなる。




 あの頑固な男が書いた手記だ。


 苦労させられた身としては、笑い話の一つも欲しい。






 ――2149年 12月 24日


 3年間かけて戦場から故郷に帰り着いた。


 かつて家だった瓦礫から、嫁と子供達らしきものを埋葬してやる事が出来た。


 帰り道で、今までの世界がとっくに終ってしまった事など理解した積もりだったが、今日になってようやく受け入れられそうだ。


 装備はまだ十分に動く。


 待たせて悪かった、皆。




 ――2149年 12月 25日


 引き金を引く事が出来なかった、くそったれ。




 ――2149年 12月 31日


 人を求めて廃墟を彷徨い、ようやく首都圏に辿り着いた。


 繁栄の跡が、植物のコーディネートに溢れている。


 動物たちが我が物顔で交差点を闊歩していた。


 今の私は大切な人を護る筈だった技術で、自分の生を繋いでいる。


 来年には誰かに会えるだろうか。地下鉄になら生きている人間がいるかもしれない。




 ――2150年 1月 1日


 地下鉄には人の集落が在った。最低限のインフラが生きており、風呂は一週間に1回入れるかの生活ぶりだが、人々は暮らしている。


 問題は支配しているのが元同僚だと言う事だ。


 なにが彼らを暴君に仕立て上げたのだろうか。


 いや、嘘だ。きっと私との違いはそんなに無い。


 私が中へ潜入するのを協力してくれた民間人に、持っている装備でどうにかしてくれと頼まれたが、気が進まない。数的な不利はさておき、これ以上自分の手で誰かを終わらせたくない。


 話し合いで収める方法は無いだろうか。




 ――2150年 1月 2日


 協力者に、自分たちの境遇が如何に非道いかを見せ付けられた。


 3年間の帰り道で散々と見飽きた光景だ。


 やることをやったら、食べるとは思わなかったが。


 次は自分の家族だと泣きつかれた。


 わかったよ、やるよ。家族への土産話くらいにはなるだろうさ。




 ――2150年 1月 16日 


 片付いた。


 悶えて息絶えていくかつての同僚たちを、私はマスク越しで観ていた。


 リーダー格の男が、黄色い泡と血を吐きながら


「ベテランのレンジャーにやられるとは思わなかった」と最期に笑っていた。


 私もだよ。私も君達に手を下すとは思わなかった。なんでこうなってしまったんだろうか。


 礼として貰った酒と缶詰で最後の晩餐といこう。




 ――2150年 1月 18日


 自分が酒に強い事を始めて恨んだ。




 ――2150年 4月 18日


 夜が過ごし易くなった。


 ハッピー・バスデー、死にぞこないで人殺しのプロのろくでなし。


 地下鉄とは今でも交流している。狩りと戦いの技術を教える見返りに、彼らはろ過水と日用品、室内栽培された野菜をくれる。盲目的に生きる分には気楽だ。


 最近になって気付いたのだが、廃墟の屋上から、とても遠くで徐々に背が大きくなっていく塔らしき建築物が見える。生き残った勢力があそこで、アーコロジーでも創っているのだろうか。




 ――2150年 4月 25日


 地下鉄で泣きついた男が血相を変えて押し掛けて来た。


 非殺傷の罠にかかってくれてよかった。


 話しの内容は把握がつく。今朝の上空を飛んでいった飛行機とそれが落としていった物についてだろう。




 ――2150年 4月 26日


 地下鉄の男達と落とし物を漁りに行った。


 巨大コンテナの中には、説明書と一緒に合成食料と清潔な水を生産出来る機材一式と、女の子と言っても差し支えない見た目をした人間が入っていた。


 機械みたいな駆動音を立てて起きた、その子の開口一番の言葉はこうだ


「この地域で一番強い人間は誰ですか?」


 地下鉄の連中は、黙って私を指差した。


 無理矢理ついて来る形で、寝床に連れ帰ったが、私にどうしろと。


 彼女の寝顔に、妻と子供たちの事を重ねた。普通の人間では無いのだろうけど。




 ――2150年 4月 26日


 起きると、彼女が卵と燻製にした肉で朝食を用意してくれた。


 料理を作って貰ったのは何時ぶりだろうか。


 出来立ての料理が温かいのは当たり前なのだが。


 彼女は表情に乏しいが、会話は明瞭に行える様だ。


 やはり、普通の人間ではないらしい。人類復興支援のバイオロイドだそうだ。


 なんでも塔を建造している連中が、男女のバイオロイドと復興支援の道具をばら撒いて、種の進化と保存を円滑にしたいらしい。


 つまり、私は種馬か。


 ふざけるな。




 ――2150年 5月 10日


 彼女は相変わらず私の家にいる。


 放り出したいが、出来る気はしない。


 彼女の寿命は設計通りきっちり10年らしい。


 あと10年は生きる理由が在るか。


 彼女は自分が知りたいと思った事を聴いてくる。


 好奇心が生き物になったみたいに質問責めの毎日だ。


 子供達も彼女くらいにはなっていただろうか。




 ――2150年 5月 20日


 彼女が怪我をした犬を拾って来た。


 交代で看病したが、駄目だった。


 火葬で送る時に、彼女は涙を流していた。


 美しいと思った。そうすると私の目の奥が熱くなった。


 忘れていた。悲しいなら、泣くべきだったんだ。


 ようやく家族の為に泣けた。




 ――2150年 8月 17日


 自己嫌悪で死ねそうだ。


 しかし、責任を途中で放り出すのはもっと酷い。


 私はこんなに節操無しな男だったか。


 見た目はともかく、1歳になってもいない相手を。


 妻と彼女に自分の不誠実さを謝りたい。


 彼女が私に初めて頼み事をして来た。


 名前を2人分考えなくては。


 彼女と、来年には居るかも知れないもう1人の為に。




 ――2150年 10月 8日


 人の社会は終っても四季は変らず移ろう。


 現れる動物の姿は変り、廃墟を牛耳る植物は紅葉して葉を散らせて行く。


 サクラ達の為に出来る限りの準備を行わなくては。


 久しぶりに、地下鉄へ行こうと思う。


 助けが欲しい。




 ――2150年 12月 24日


 覚悟を決められない齢50を過ぎた男を他所に、サクラのお腹は大きくなっていく。命は確かにサクラの中で育ち、いずれは世界の事情とはお構い無しに産声を上げる。


 至極当然の事なのだろう。


 私は、その当然さに救われた。


 サクラとお腹の子は私の生き甲斐だ。




 ――2151年 6月 16日


 この世界になってから、始めて喜びで涙を流せた。


 腕に抱いたあの子の熱で、自分の胸に強い炎が灯った。


 サクラ、地下鉄の皆、コウキ、ありがとう。


 世界がどんなに移ろいでいこうとも、命の温度は我々が人間である限り不変だ。




 ――2156年 7月 13日


 コウキが子犬を拾って来た。


 帰す様に言い聞かせると、黙って子犬の家族の元へ連れて行かれた。


 今度からは犬一匹分働かないと駄目だな。


 次の狩りから、コウキに技術を教えていこう。


 内容は私が伝えられる事を全てだ。




 ――2156年 8月 22日


 寝ているコウキとフウタの横でサクラと話した。


 今や山よりも高くそびえ、天気にも左右されずに遠くに観えるあの塔についてだ。どれほど歩けば辿り着けるか予測も着かない。


 サクラは残った時間を穏かに過ごしたいそうだ。


 私も同じ気持ちだった。




 ――2158年 4月 1日


 2人と一匹で狩りを終えて、家に戻るとサクラが倒れていた。


 サクラが言う分には辛くはないが、時々、体に力が入り難くなっているらしい。


 残っている時間は後、2年ほど。


 胸の内側を掻き毟りたくなるが、この痛みから逃げ出したくない。




 ――2160年 4月 26日


 1日中、家族で抱き合っていた。


 外で振る雨の音が私たち家族を静寂に包み込んでいた。


 サクラがコウキを抱き、フウタが膝に乗ったまま、私が2人を両手一杯に抱き締めた。


 出合った時と同じ駆動音を聴いた。寝ているようにしかみえなかった。


 サクラ、君は私の事を支えてくれた大切な女性の1人だ。




 ――2168年 12月 24日


 コウキに教えられる事は全て教えた。足りない所はフウタと補い合っていけばいい。


 丁度狙ったかのようなタイミングで体にガタが来ている。


 今ならコウキが成長する時まで、待ってくれてた様にも思える。


 コウキ、お前はきっと塔に行きたがるだろう。止めはしないよ。


 その為に私が教えられる事は全て教えたのだから。


 辿り着けたら、サクラとお前を私に授けた事への感謝と、お前が必要だと判断したなら鉛玉をくれてやれ。


 お前は私より過酷な道のりを歩む事になるかもしれない。


 そんな時は、私の脳内に何時までも彼女達がいてくれたように、私もサクラも、コウキの中で息づいている事を忘れないで欲しい。




 P.S 親の恥かしい手記なんて読むんじゃない。


 愛しているよ、コウキ。 






「うあ、ばれてる」


「ワフッ」




 最後に記された追記を見て、驚きと笑いが胸に起こり、ほんの少しだけ涙を流す。迷いつつも、日記をバックにしまって年季の入った装備を手に取り、家の扉を開けた。


 春風がお下がりのアーマーの上に羽織ったコートを靡なびかせて、廃墟の上に芽吹く緑の大地が朝焼けを差し込んでくる。




 遥か彼方に影になってそびえる塔は、父の頃よりも高く大きい。




「ま、望むところだよな」


「アンッ!」




 フウタが肯定と共に声を上げて先陣を駆る。


 俺はお古のヘルメットマスクを深く被りなおして、もう一度だけ景色を見た。




「上等だ。かかって来いよ、世界」

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