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君を受肉させたい

 紀元712年、この年、大陸の覇者を睨み長い間緊張状態にあった二つの大国、人族ホーネット王国と魔族メフィスト王国の糸が切れた。






 両国は今まで鬱積していたものを全て吐き出すが如く、ありったけの燃料で戦火を放ち、突風で煽った。






 この戦争は大陸中を巻き込み、勝者という概念すら消し飛ばすような凄惨さで五年もの間続く。






 しかし、この五年目に局面は急変する。魔王が勇者の手によって殺されかけ、停戦交渉を持ちかけたのだ。




 


 人族はこの時ようやく自国を振り返り、悲惨な状況に目を向けることができた。そして、これを受諾する。






 それからすぐに停戦協定は結ばれ、人族は友好の証としてメフィストの者を自国に招き入れたいと申し出る。






 国賓――すなわち生贄である。






 この時、差し出された者の名はファウスト。当時十歳。






 魔王の末子であり、メフィスト王国内でのあだ名は――。






 『出来損ない』である。






 こうしてメフィスト王国が死んでもいい生贄を差し出し、ホーネット王国が殺してもいい国賓を受け取ったところで、仮初の平和が訪れる。






 しかし、ファウストの苦難はここから始まる。






 なぜ、昨日まで敵だった魔族を受け入れられようか? 






 なぜ、昨日まで苦しめられた敵を受け入れられようか?






 なぜ、親しき者を殺した相手を許せようか?






 四面楚歌。






 一人でホーネット城に置き捨てられたファウストは、どちらを向いても味方などいなかった。






 メフィスト王国にいた時も腫れ物扱いであったが、ここホーネット王国ではそんな比ではない。






 友好の証? 国賓? 笑止。






 魔族特有の青白い肌は、全身の痣により紫に変わった。






 元々線の細い体は骨と皮を貼り合わせただけのものになった。






 その目には憎しみが宿り、世界の全てを呪いはじめた。






 こうしてファウストは、闇に堕ちる一歩手前まで追い込まれていった。






 しかし、そんな時に一人の少女が今にも崖から落ちそうなファウストの手を掴む。






 ホーネット王国王女、フィーリア=ホーネットその人である。






 ファウストは、フィーリアと初めて視線を交わした時に涙を零す。






 その目に澱みがなかったためだ。それは、ファウストが物心ついてから初めて見る輝きであった。






 そして、一目見た瞬間恋に堕ちてしまったファウストはフィーリアに振り向いてもらう方法を懸命に考えた。






 花を摘み、詩を謳い、おどけ、見つめ、笑い、そして愛の言葉を囁く。






 そのどれもが初めての経験であるファウストは、傍から見ればひどく不格好であっただろうが、フィーリアは笑顔で受け止め、彼が存在してもいいと思える拠り所となった。






 会えるのは月に一、ニ度、それも数分。しかし会えない時間もその炎は絶えることなく、むしろ燃え盛った。






 それからも年を重ねるごとにファウストの想いは増し、どれだけ愛を吐き出しても無限の泉の如く湧き溢れてきた。八年――長い時間をかけ育った想いは遂には実り、また友と呼べる者までできた。






 しかし、そんなファウストの耳に不穏な噂が飛び込む。






 フィーリアが次の十八になる誕生日に結婚することが決まったという。






 そう、相手はこの――。






「エクター=アーサー? おい、勇者の息子よ、分かっておろうな? 明日の挙式でフィリィに誓いの口吻をしたら地獄の番犬の餌にしてくれるぞ?」






「おい、ファウスト=メフィスト? 魔王の息子よ、それが親友に言うセリフか? 口唇にも頬にも額にもしねぇよ。何回言わすんだっつーの」






 胸ぐらを掴み、揺さぶりながら鬼気迫る声で脅しをかけるファウスト。しかしエクターは、そんなファウストに慣れた様子で返事を返す。






「フフ、ごめんね? エクター君。ファウストはヤキモチさんだから。けど、私は頬くらいなら――」






「ぬぁぁあ!! フィリィの頭から爪先、骨の髄から魂まで我のものなのだ!!」






「フフ、冗談よ。もうっファウストったら。よしよし」






 冗談を仕掛けて微笑むフィーリアを抱き寄せ、ガルルルと唸るファウスト。それを見てエクターは顔を引き攣らす。






「はぁ、分かったから今日の(・・・)挙式始めていいか?」






 ホーネット城から暫く歩いた森の中にある小さな教会。蜘蛛の巣が張り巡らされ、カビと木の匂いが混じりあう教会を三人で掃除し、掃除し、掃除し、今日を迎える。






 眩いタキシードに身を包むのはファウスト。純白のドレスを纏うのはフィーリア。僧侶から服を借りてコスプレをするのはエクターである。






 今日、ここで三人だけの結婚式が執り行われる。






「あー、汝、この青白くて、ひょろっちぃ、まぁそこそこ二枚目で一途ではある男を死が二人を別つまで愛しますか?」






「はい、死んでも愛し続けます」






「ごっそさん。えぇー汝、この美人で、優しくて、気立てがよく、全国民から愛される女性を死が二人を別つまで愛しますか?」






「うむ、輪廻の果てまで愛す」






「はい、ごっそさん。んじゃエクター=アーサーがここに、誓いを聞き届け、二人が永劫結ばれたことを証明する。誓いのキスを」






 そして二人は向き合う。






 そっとヴェールを持ち上げ――。






 半歩近付き――。






 目を閉じ――。






 口唇を――。






 触れ合わせ――。






「……え?」






 る――。






 ピシャリ……。






 ピチャ……。






 ポタ……。






 ボト……。






 ピチャピチャピチャ、ポタポタポタ、ボトボトボト、グチャ。






 …………。






 そしてファウストが目を開けた時――。






 目の前にいるはずのフィーリアは――。






 ◆






 一年後――。






「ここで合って、ろ、よっ! 邪魔するぜぇ」






 メフィスト王国の外れ、陽光も届かぬ深い森の中にある小屋。エクターはノックもせずに扉を蹴破る。






「中は意外に片付いて――ん? 地下室?」






 ギィ。






 厚い木の扉は、見た目以上に重いはずであったが、エクターは片手で持ち上げ――。






 バタンッ。






「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか……」






 奈落の底まで引きずり込むような闇へと飛び込んでいく。






 カツカツカツ。






(広いな……)






 光魔法による光球を浮かべ、剣を握り、石階段を下り始める。その軌跡は螺旋を描き、明らかに小屋の何倍もあった。ようやく底まで着くと扉が見える。エクターは早速照らすと――。






 ギロリ。






 扉に埋め込まれた目と視線が交差する。






 瞬時にマズイと思ったエクターは、剣を持つ手に力を込め、戦闘態勢を取る。






 その瞬間、扉が割れ――。






「おぉおー!! エクターではないか!! 久しいな!! 元気してた?」






 ファウストが姿を現した。






 ◆






 パタパタパタッ。コト、コト。




 


「んむありがとう。んー! いつ飲んでもこのお茶は美味いな。どうした? 何を遠慮している?」






 ファウストは一年ぶりに会った親友に茶を勧めるが、その顔は引き攣っている。






「……ふぅ。ファウスト? お前に色々言いたいことがあったが、それはひとまず全部置いておこう。まずは今お茶を煎れてここまで運んできたソレ(・・)について聞きたい。可愛らしいブラウスとスカートで着飾られているソレ(・・)はなんだ……?」






「おい、親友よ。ソレとは失礼だぞ。一年会ってないと忘れてしまうものか? 悲しいな。我の妻フィリィではないか」






 紹介を受けフィーリアが笑顔で手を振る。






「……おう、久しぶり。で、俺の目が腐っちまったのかも知れんが、俺にはフィーリアが骨だけに見えるんだが?」






「何を言っているんだ? まだ骨だけだぞ? 受肉してないからな。ハハハ」






 コッコッコッ。






 しゃれこうべの目尻がくにゃりと下がり、上下の顎が打ち合わされる。






「……説明しろ」






 呑気に笑う魔族と骸骨を見て、苛立ちを覚えたのかエクターは低く短く言葉を発する。






「ん、あぁ、あの日フィリィが爆ぜた後、我は気付いたら真っ赤なタキシード姿のままフィリィの骨を抱えてこの小屋にいた。それまでの記憶はまったくないな」






「……続けろ」






「我は最初の一晩ここで笑い続けた。どうやら感情の限界許容量を超えると人は笑うらしい。そしてその後三日三晩泣き喚いた。五日目にしてようやく思考する隙間ができた。そこでまずはじめに思ったのが彼女を――」






「……生き返らす、か」






「その通りだ。幸い、ここは使われていなかったから、我はここに地下室を作り、研究を始めた。様々な文献を集め、実験を繰り返し、骨を魔術で繋ぎ合わせ、魂を呼び戻すところまで成し得た。フッ、これも愛のなせる業よ」






 その言葉にフィーリアは頬に手を当て、クネクネと骨をよじる。






「で、その顔がくにゃりと歪むのはなんなんだ?」






「ん? エモーショナル機能だ。眉間や目尻、口角、頬が可動式になっている。ちなみに涙も出るし、頬を赤らめることも可能だ」






 フィーリアは照れた表情になり、頬を赤らめる。そして、コッコッコとファウストの耳元で口を動かす。






「む、言われてみれば確かに」






「理解できるのかよ。で、フィーリアは何て?」






「ん? エクター君少しやつれたねって」






「お前にだけは言われたくねぇよっ!!」






「ハハハ。そう、はしゃぐなエクター。そしてだな、実は我からも話がある」






 そしてファウストはニヤリと笑い――。

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